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第103回 (平成22年8月号)

裁判員になってしまうと過労になる?
「君の仕事でしょ!」

SRネット鹿児島(会長:横山 誠二)

相談内容

町工場という表現がぴったりのH社では、今日もW社長と3人の社員が、黙々と作業を行っています。大量生産はできませんが、その技術の確かさで固定客をしっかりとつかんでいます。ある日のこと、仕事が一段落した頃に、勤続23年のR社員が社長に相談を持ちかけました。その話は、R社員が裁判員に選ばれたということでした。「それは大変だなぁ、断ってもダメだったか…仕方ないから役目はきちんと果たさなければならないが、うちの仕事が停滞するのも困るなぁ…わしも歳だし、そう無理はできないからね…」W社長が悲しそうに話すと、「裁判員といったって、夜まで拘束されるわけではありませんから、終わったら仕事しますよ、大丈夫ですよ」と応えるしかないR社員でした。

53歳のR社員は、裁判員候補となったときも、そして今回裁判員になった後も精力的に両立を図りました。しかし、裁判所では居眠りしたり、夜間の作業では、工具で手を切ったりと、徐々に疲労の度合いが進んできました。

慌て始めたのはR社員の奥様です。「このままじゃ、お父さんが死んでしまう」と仕事を休むか、裁判員の仕事を欠席するか、と家族で話し合いますが、「仕事は納期が迫っている、裁判所には会社を悪く言うことはできないし、他の人の手前もあるから自分だけ欠席できない…」と埒があきません。

たまりかねたR社員の奥様は、W社長にR社員の状況を話しながら直談判しました。しかし、「会社の信用がなくなったら、裁判員どころではないよ、もう少しだから、R君には何とか頑張ってもらいたい、それとも、わしに徹夜で働け、とでも言うのかい」と返されると、何も言えなくなってしまいました。

R社員は、「大丈夫だよ、もう少しだから…」と力なく笑いました。

相談事業所 H社の概要

創業
昭和48年

社員数
3名 パートタイマー 3名 

業種
金属加工業

経営者像

H社のW社長は67歳、創業社長で自らも金属加工に熟練した技術を駆使し、日々の業務を行っています。社員3名がそれぞれの工程を受け持っていますので、一人欠けるとW社長がそのカバーをしなくてはなりません。温厚な性格ですが、仕事には厳しいW社長です。


トラブル発生の背景

○○君しかこの仕事はできない、今やっている仕事の方法が一番で他の方法は考えられない、といった決め付け的な考えから脱却できない中小企業経営者は、まだまだ多いと思います。このような考え方が有給休暇の取得促進を阻害する要因でもあるのでしょう。

“もしも、わが社に裁判員が!”というシミュレーションをある程度行っていないと、R社員のようなケースが多数発生するかもしれません。

経営者の反応

「やれやれ、君の奥さんも心配性だね、人間やる気があれば何とかできるものさ、もっと会社のことを考えてくれないと困るよな」とW社長がR社員に話しかけると、「他の裁判員の方は、みなさん特別の有給休暇を付与されていますよ、私は確かに昼間は休んでいますが、こうやって夜は仕事しているのです。労働基準法は、会社の大小にかかわりないとも聞くと、何だか納得できない気もします…給料も毎月定額だし…」思いがけないR社員の言葉に、多少たじろぎながらも「そうはいっても、零細企業の悲しさだよ、誰が仕事を変わってくれると言うのだね…」とW社長が返すと、R社員は返答せず、呼んだタクシーの音に気づくと「今日は失礼します…」といって会社を出て行きました。

「少し対応がまずかったかな…」反省したW社長は、本来どうすべきか、という点も含め、今後のR社員への処遇について、どこかへ相談しようと考え始めました。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:上野 英城)

裁判員制度が導入されて、約1年が経過しました。制度についての評価や弊害などが指摘されていますが、本件のようなケースがいずれ問題になることは想定されており、裁判員制度の導入前から、議論がされていました。

まず、H社のW社長は、R社員が裁判員として職務を行うために裁判所へ行くことを拒否できません。なぜなら、R社員は裁判所の選任手続きにおいて裁判員に選任されており、「裁判員及び補充裁判員は、裁判員の関与する判断をするための審理をすべき公判期日並びに公判準備において裁判所がする証人その他の者の尋問及び検証の日時及び場所に出頭しなければならない(52条)。」また、「刑の言渡しの判決などの期日には、裁判員は出頭しなければならない(63条1項)。」と定められています。しかも、正当な理由がなく出頭しないときは、10万円以下の過料という罰則規定も定められているからです。(112条4号、5号)。

また、使用者としてのH社のW社長に対しても、裁判員法100条は、裁判員として仕事を休んだ場合に、解雇などの不利益な取扱いをしてはならないと規定しているからです。

したがって、H社のW社長としては、社員が裁判員に選任されることを想定して、普段から社員の配置や業務内容の代替性を確保しておく準備が必要となります。このような事前準備や事前対策をしておくことができれば、特定の熟練社員が病気や事故で会社を休んだ場合への対応策にもなるでしょう。

さて、裁判員は、衆議員選挙の有権者から無作為に選ばれるので、何時、会社の社員が裁判員に選任されるか分かりません。さらに、会社からの日給よりも、裁判員になった場合の日当の方が高い場合もありうるわけで、そのような場合、社員が日当の高さに釣られて裁判員をやりたいということも十分に予想されます。このようなケースも想定して、事前準備や事前対策をしておくことが必要です。

中小企業の実情からすると、この事前準備や事前対策が困難であろうとも思いますが、企業の永続性を考えた時には、やはり何らかの対策を講じるべきでしょう。

ここでR社員の身に何かが起きたときのことを考えてみましょう。

企業経営者が社員の裁判員としての職務が終了した後、自社の仕事をさせ、あるいは社員の自主的申し出による仕事を受け入れ、裁判員としての職務と自社の仕事との両立を図ろうとすることはありえることです。本件においても、両立を図ろうとして、R社員は工具で手を切ったりしています。仮に、R社員が無理をして善意から仕事をした場合であっても、重大労災事故が発生したときには、H社は責任を追及され重大な損害賠償請求を受けることになり、場合によっては倒産に至ることもあり得ます。

たとえR社員が裁判員に選任されたことが原因であったとしても、裁判所が損害の補償をしてくれることは、凡そあり得ません。

本件のような状況の場合の現実的な解決方法としては、次のような方法が考えられます。

まず、R社員は、裁判員の選任手続きにおいて、H社の実情や仕事内容の繁忙さを具体的に説明して、裁判員の辞退を申し出るべきであったと思います。裁判員は、衆議員選挙の有権者から無作為に選ばれるので、何時、会社の社員が裁判員に選任されるか分かりませんし、選ばれる方の事情はまったく考慮されないからです。

次に、R社員は、裁判員に選任された後でも、仕事が忙しく、「工具で手を切ったりした。」ということを説明して、裁判員の辞退を申し出るべきであると思います。

もちろん、安易に仕事が忙しいとか、他に代わる人員がいない、などという理由で裁判員を辞退することは認められません。

しかし、本件のようなケースでは、裁判所は、裁判員を辞退することについて正当な理由があるとして、認めてくれると思います。補充裁判員を事前に選任しているのは裁判員に事故があり、裁判員裁判に参加できないことを想定しているのです。

それ程、裁判所は物分りが悪いということは考えられません。

なお、本件のようなケースの先例となる判例や裁判例はありません。現実的には、あっては欲しくありませんが、今後、何らかの事故が起こり、裁判が行われれば、判例はその集積に待つということになります。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:横山 誠二)

裁判員制度が導入されてやがて1年が経過しようとしております。まだまだ裁判員に選ばれる人は少数とはいえ、いつ自分の会社の社員が選任されるとも限りません。いざとなったときに慌てないように、企業として休暇申し出にどう対処すべきなのか、まずはそこから考えてみましょう。

■裁判員制度に対する企業の対応
社員が裁判員候補者等あるいは裁判員に選任され裁判所に行くために休暇を申し出た場合、企業が実務上特に留意すべきことは次の3点です。
?休暇の申し出に対する対処
?特別休暇で対応するか有給休暇とするか
?特別休暇の場合の賃金支払はどうするのか

まず?について、裁判員の職務を行う(候補者等としての選任も含む)ために休暇を取ることは法律で認められています(労働基準法第7条 公民権の行使:使用者は、労働者が労働時間中に、選挙権その他公民としての権利を行使し、又は公の職務を執行するために必要な時間を請求した場合においては、拒んではならない)。

裁判員としての職務を行うことは、公の職務を執行することにあたります。また社員が裁判員として仕事を休んだことを理由に、企業が解雇などの不利益な扱いをすることも法律で禁止されています。つまり休暇の申し出は拒否できないのです。

?については、制度もスタートしたばかりで全国的なデータが発表されていませんが、筆者の知る限りでは特別休暇で対応している企業が多いようです。有給休暇の場合には給与も支給され、裁判員の日当なども本人の収入となります。なお、?の休暇を特別休暇とした場合「有給・無給」どちらにするのかは各企業の判断に委ねられています。ちなみに裁判員や裁判員候補者等として裁判所に行った場合は、裁判所から日当と交通費が支払われます。この報酬に対する税法上の取扱いは税理士のアドバイスを参考にしてください。

これらを踏まえ、各企業においては裁判員休暇に関して就業規則等の社内規程の見直しも含めその対応を決めておくことが必要です。

■中小企業の現状
しかしあらかじめ裁判員制度の対応を決めていたとしても、実際に出勤予定であった社員が休むとなれば中小企業においては様々な困難が生じます。H社を含む中小零細企業の大半は、最小限の人数により業務遂行が行われているのが現状であろうかと思われます。さらにそれぞれの社員に課せられた業務内容は、受け持ちがはっきりと分担されているため簡単に代替が利きません。また取引先の要望に応えるべく、ひっ迫した納期の受注であることが多く、限られた人員での作業は、通常でも納期に間に合わせるために時間管理の形骸化や年次有給休暇の取得もままならない厳しい状態が続き、このうえさらに休暇取得者が発生してしまうと技術的にも納期的にも仕事のカバーは非常に困難を極めるものと予測されます。

■H社の問題点
H社の場合、R社員は仕事が停滞しないように昼間は裁判員、夜は通常業務をこなしていました。しかし両立を図ろうとするあまり、過労による居眠りや小さいケガが現実に発生しています。昼間は、相当な神経を使い、慣れない裁判員の職務をし、夜は通常勤務に従事する、しかもそこに納期切迫のため深夜まで働くような条件が重なってしまうと、一種の過重労働となり、重症の労災の発生や、極端な場合、過労死につながらないとも限りません。R社員の奥様が心配するようにR社員の体調が懸念されます。またW社長との会話の中でR社員は「給料も毎月定額だし…」といったような不満ももらしています。今回の裁判員休暇に限らず、時間外労働や午後10時以降の深夜労働、あるいは休日労働など労働基準法に定めた割増賃金の支払いが適正に行われているかどうかも確認したいところです。

■考えられる解決策
最初に述べたように裁判員に選任された場合、その休暇申し出は拒否できません。休暇申し出の日は当然所定労働日のはずですから、残りの社員等で仕事をカバーするなどなんらかの対策が必要です。

このような不測の事態を避けるために効果的なのは代替要員を確保しておくことです。しかし中小零細企業の大半は余剰人員を抱えて経営を維持していくことは容易ではありません。そこで各個人の仕事の負担を少しでも分散化することを検討してみてはどうでしょうか。例えばH社の場合、3人のパートタイマーが雇用されています。パートタイマーの担当する仕事内容は不明ですが、社員のこなしている全ての仕事は無理だとしてもその一部や補助的作業をパートタイマーに任せることも1つの手段です。どんなに高度な技能や技術をもったベテラン社員であっても、いずれは退職する日がやってきます。その時になって急に引継ぎをしようとしても容易にできるものではありません。個人レベルの技術・技能のままでは、その個人が退職等した段階でせっかくこれまで積み上げてきた技術・技能も無くなってしまいます。貴重な会社の財産として受け継いでいくためにも、常日頃から技能・技術を分散、あるいは継承していく体制作りが必要です。

このような業務の分散化・後継者育成を図ることは、社員ごとに偏っていた業務が平均化されていくことにつながるため、企業側としても、時間外労働や深夜労働、休日労働に対する割増賃金の支払い額の減少を図ることができます。

平成22年4月の労働基準法改正により1ヵ月につき60時間を超える時間外労働には5割以上の割増賃金率の支払いが企業に義務付けられました。一定規模の中小事業主には当分の間その適用が猶予されているとはいえ、長時間の時間外労働に対する国の取組みに対し、企業側としても出来る限り時間外労働を減少させる努力をする必要があります。

また、せっかく各個人の役割を分散しても、納期に余裕のない受注をしていたのでは結局現場にそのしわ寄せがまわってしまいます。納期に関しても多少の猶予はできないものか、余裕のあるものとなるよう発注先との交渉を進めることも大事なことだと思われます。

■結果としてもたらされる効果
技能・技術等の分散あるいはスムーズな継承を行うことは取引先に対し、ニーズに対応する優良な安定した商品・製品・サービスの提供を可能とし、企業の信頼度も増大します。また不測の事態にも無理のない体制作りを構築することで、社員にもゆとりができ、仕事に対するモチベーションも向上します。

結果としてこれらの積み重ねが相乗効果をもたらし、企業経営の安定化にもつながっていくのではないでしょうか。

税理士からのアドバイス(執筆:田中 勝男)

裁判員等に対して支給される旅費等の性質は、労務の対価<報酬>として使用者から受ける給付の性質は有していないものと考えられますので、給与所得には該当しません。

また、実費弁償的な対価としての性質を有していることから一時所得にも該当せず、雑所得として取り扱われることになっています。

雑所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、譲渡所得および一時所得のいずれにも該当しない所得です。

■雑所得の具体例
公的年金、法人の役員等の勤務先預け金の利子<利子所得とされるものを除く>、印税や原稿料 <作家以外で事業として行われない場合> 等が該当します。

■雑所得の計算 次に掲げる金額の合計額
○1公的年金の収入金額?公的年金控除額
○2公的年金等以外の総収入金額?必要経費

裁判員に選ばれ、日当や旅費を貰うと、支給された旅費等の合計から実際に負担した旅費等を差し引き、残りを雑所得として申告することになります。

なお、年収2,000万円以下の給与所得者の場合、給与所得、退職所得以外の合計所得金額が20万円以下であれば確定申告の必要は有りません。

裁判員制度による審理日数は、事件の約7割が3日以内に終了すると見込まれており、支給される日当が20万円を超えることは稀であると予想されます。サラリ?マンの人で給与所得以外に所得のない人は通常確定申告は不要になると考えられます。

しかしこの規定は所得税についてのものであり、所得税の申告は不要となるものの、地方税については申告が必要になるので注意が必要です。 次に、このような公民権行使にあたり、会社が経費等を負担した場合の税務上留意すべき点についてご説明します。

自宅から裁判所まで、また裁判所から自宅までの交通費を会社が負担した場合、雇用関係に基づいて雇用主からうける労務提供の対価では有りませんが、臨時に支払われる金銭として給与所得に含まなければなりません。

一方、裁判所から会社までの出社交通費を会社が負担した場合は、業務遂行のための費用として、旅費規程により実費支給する場合は、限度以内なら非課税となります。

最後に、本件R社員の深夜帰宅時のタクシー代金の取り扱いですが、以下二つの意見に分かれるのではないかと考えます。

ひとつは、会社が命令した深夜残業が理由のタクシ?代であれば、その費用は使用者たる会社が負担すべき業務遂行上の費用であり、給与所得とすることは相当でなく会社の負担すべき費用の立て替え払いと認められ、会社が従業員へ支払う場合は、その立て替え金の精算と認められます。よって、なるべく支払い金額が実費であることの証明の為にも、会社のチケットを使うか会社から直接タクシ?会社への実費支払いの方法が良いでしょう。

もう一つの意見が、残業の原因が公民権行使のため、となると通勤手当でもなく出張旅費でもないということになります。これを厳密に判断すると給与となるのではないかというものです。

以上の2つの見解から通達の整備が待たれますが、実際に本件のようなケースが発生した場合には、管轄の税務署に相談のうえ、適切な支払いされたほうが良いでしょう。

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SRネット鹿児島 会長 横山 誠二  /  本文執筆者 弁護士 上野 英城、社会保険労務士 横山 誠二、税理士 田中 勝男



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