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第202回 (平成30年11月号) SR大阪会

通勤災害に関するトラブル「休業照明をして!」
「退職している期間は照明できない」「じゃあ退職を取り消す!」

SRネット大阪(会長:松井 文男)

S協同組合への相談

コツコツと真面目に業務をこなし、少しずつ大きくなってきたJ社。自ら現場で清掃することも多かった先代に替わり、2代目社長は方針決定や行動もスピーディーとなったが、それが評判となり、先代のころよりも事業を拡大しています。仕事柄、非正規雇用も多く、出入りが激しいですが、特に大きなトラブルもなくやってきました。

Nさんは、週4日のアルバイトとしてJ社に入社しましたが、清掃業が初めてということもあり、なかなか効率もモチベーションもあがらず、入社から半年で退職の申し出となりました。退職手続きを行い、離職票を送ったあとに総務に電話が入り、「帰宅中に怪我をした」とのこと。
特に何も聞いていなかったため、詳細を確認すると、退職日当日の帰宅中、転んで怪我をしたとのこと。退職日当日とはいえ、通勤災害のため手続書類を急いで作成し送った後、さらに本人から連絡がありました。怪我がもとで働けないので休業証明をしてほしいとのことでしたが、すでに退職しているため、それはできない旨を総務担当者が伝えると、「あんたのところで怪我をしたのに、証明できないってどういうことだ!」「それなら退職を取り消す! 証明しろ!」と激昂し、すでに退職手続き済で離職票等も送っており、退職取消しは会社としてできないと伝えても、離職票を返送してきて、「退職していない!」と言い張ります。対応に困った社長と総務部長はS協同組合へ相談をしました。相談を受けた事務局担当者は専門的な相談について連携している地元のSR アップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合企業J社の概要

創業
1989年

社員数
正規40名 非正規55名

業種
清掃業

経営者像

もともと不動産業を営んでおり、先代が高齢となった企業を買収する形で社長に就任。良くも悪くも合理的な経営スタイルだが、事業拡大に成功し、業務負荷も軽くなり、支払う給与も増えたせいか特に社員からは不満は出ていない。


トラブル発生の背景

通勤災害の休業証明に関するトラブルです。
Nさんは怪我がもとで働けないのだから休業証明をしろと主張していますが、会社は退職したNさんの休業証明はできないと考えています。Nさんは退職が理由で証明できないのであれば、退職を取り消すと言ってきていますが、会社としては各種手続きも完了しているため、退職取消しに応じるつもりはありません。

ポイント

退職日の通勤災害の場合、その後の休業証明をしなくてはならないのでしょうか?

また、雇用保険などの公的手続きが完了した後でも、労働者の一方的な意志のみで退職取消しができるのでしょうか?

Nさんへの対応も含め、今後の注意点などJ社の社長へ良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:村本 浩)

今回の事案では、労働者が「退職」の意思表示をいつまでであれば撤回できるか問題となります。「退職」の意思表示は、法的には、①一方的な雇用契約の解約の意思表示と、②合意解約の申し込みの意思表示の両方ありえますが、例えば、「一身上の都合で●月●日に退職いたします」という内容の退職届が提出されたり、メールやLINEで記載されている場合は一方的な解約の意思表示とみるべきで、例外的に「●月●日に退職したいので認めてください」といった会社側に承諾を求めるような意思表示をしている場合には合意解約の申し込みとみることになります。
労働者が「退職」の意思表示をいつまでであれば撤回できるかという点では、いずれにしても大きな違いはありません。一方的な意思表示については民法上、相手に達した時点で意思表示の効力を生じるという到達主義がとられています(民法97条1項)。そこで、人事部長など退職の意思表示の受領権限を有する者に達した時点で効力が発生してしまい、以後、撤回することはできません。他方、合意解約の申し込みの場合は、合意解約の承諾があって初めて効力が発生し、以後の撤回は認められなくなります。申し込みに対する承諾は、民法526条1項により、承諾の意思表示を発信した時点で効力を発する
発信主義をとっています。そこで、人事部長などが「分かった。退職を認めよう」と言葉を発したり、メールやLINEで返事をした時点で合意解約の効力は発生し、以後、労働者による撤回はできません(大隈鐵工所事件・最判昭62.9.18)。実務上は、労働者が「退職」の意思表示を人事部長などが受理して承諾する旨を発しておけば、いずれの場合でも撤回はできなくなり、疑義が生じません。近時は、メールやLINE で「退職」の意思表示がなされることが多く、メールやLINEでの意思表示は正式ではなく撤回が簡単にできると勘違いしている労働者が増えています。本人の申し出のとおり、退職してもらった方がよいと判断した場合は即座にメールやLINEで結構ですので退職を承諾する返信をして、撤回ができないように対処しておくべきです。
今回の事案では、会社として権限がある者がすでに承諾して、退職手続を進め、離職票を送付した後に、本人が「退職は取り消す」と言っているので退職の撤回はできないことになります。
では、次に、いったん成立した退職の効力を「取り消す」ことができるのかが問題になりますが、退職の効力が成立している以上、その後の取消しは、民法95条の錯誤無効が認められる場合か、民法96条の詐欺や強迫を理由とする取消しが認められる場合に限られます。今回の事案では、自ら退職の申し出をしてきたケースと思われますので、詐欺や強迫にあたる事情はありません。また、錯誤についても、取消しが認められるためには退職の意思表示をした時点で重要な事項について勘違いをしており、それにより意思表示をしてしまったということが必要ですが、今回は退職の意思表示をした後の事情ですので錯誤の問題にもなりません。したがって、今回の事案で、退職の効力を「取り消す」ことはできません。
さらに、退職後の休業についての証明ですが、「休業証明」は雇用が続いており、勤務日であるにもかかわらず、傷病などで働けないことを会社が証明するものであり、前述のとおり、雇用関係が終了し、撤回や取消しも認められない以上、会社として休業の証明をすることはできません。労災に基づく休業補償の申請の場面でも、本人の退職後については主治医の就労不可の意見があれば、休業補償の申請ができるのであり、この点は本人に丁寧に説明すべきです。また、休業の証明は、交通事故の相手方の損害保険会社に対し、休業損害の保険金を請求する際にも保険会社から求められることがありますが、こちらも同様に主治医の就労不可の診断書があれば、会社の休業証明は必要ありません。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:八瀬 惠)

Nさんは退職日当日の帰宅中に怪我をされたとのことですので、労災保険の通勤災害と認められた場合、療養のため、労働することができず、そのため賃金を受けていないとき、その第4日目から労災保険から休業給付と休業特別支給金が支給されます(最初の3日間を待期期間と呼び、この間、労災保険からの支給はありません)。支給額は、休業給付=給付基礎日額の60%×休業日数、休業特別支給金=給付基礎日額の20%×休業日数です。給付基礎日額とは、労働基準法の平均賃金に相当する額をいい、原則として、怪我をした日の直前3カ月間に支払われた賃金の総額を、その期間の暦日数で除した1日当たりの賃金額です。
Nさんがこの休業給付と休業特別支給金を受けるには、休業給付支給請求書・休業特別支給金支給申請書に、①療養のため労働できなかった期間、②賃金を受けなかった日の日数、③負傷年月日、④平均賃金、⑤就業終了及び就業場所を離れた年月日時刻などについて、事業主の証明を受け、所轄労働基準監督署に提出しなければなりません(労災保険法施行規則18条の7)。
また、「事業主は、保険給付を受けるべき者から保険給付を受けるために必要な証明を求められたときは、すみやかに証明をしなければならない」(労災保険法施行規則23条)と規定されています。
しかし、Nさんは退職してしまっているため、前述の①②については、J社の知り得ないところであり、J社では証明できないと考えていらっしゃるようですが、事業主が証明する事項は①②だけではありません。弁護士、あるいは次頁で税理士が説明するように、休業における事業主の証明がなくても労災請求はできますので、J 社が不明な事項(①②など)は証明せず、支給額算出の根拠となる平均賃金などJ 社が知り得る事項をすみやかに証明し、Nさんの労災請求に協力することが必要です。
なお、今回は通勤災害でしたが、業務災害の場合、事業主は、前述の待期期間3日について平均賃金の60%の休業補償を支払う義務を負います(労働基準法76条)。勤務最終日の負傷であれば、その翌日時点で雇用関係は解消されているため、休業補償の必要はないと思いがちですが、労働基準法では「補償を受ける権利は、労働者の退職によって変更されることはない」(83条)と規定していることから、業務災害であれば、退職後であっても、事業主は、退職日以降の分を含めて3日分の休業補償を行わなければなりません。一方、通勤災害の場合、労働基準法上、事業主に災害補償責任は「ない」としていますので、3日の待期期間について、J社には休業補償の支払い義務はありません。
また、労災保険法では「保険給付を受ける権利は、労働者の退職によって変更されることはない」(12条の5)ことから、Nさんは、今後も休業の必要が認められる場合、労災保険より休業給付が支給されますが、初回の請求において、前述の③〜⑤等が確認できれば、2回目以降の請求では、J社の証明を受ける必要はありません。退職取消しについては、弁護士のアドバイスによるとして、Nさんが退職の取消しを申し出たのは、J社からすみやかに休業証明を受けられないことが発端となっているようです。今後は、災害補償規定やその手続きに関する事務マニュアル等を整備しておくことで、スムースな対応が期待でき、在籍する社員はもちろんのこと、退職した社員とのトラブル回避にもつながるでしょう。

税理士からのアドバイス(執筆:中野 洋)

労働者は、勤務先からの給料や賞与以外にも、労働基準法に定められた各種手当の支給を受ける場合がありますが、このときの課税関係をまとめてみます。
1) 使用者の責に帰すべき事由により支給される「休業手当」は、給与所得となります。
2) 労働者が業務上の負傷等により支給される「休業補償」などの給付等は、非課税所得となります。
3) 勤務先の就業規則に基づき、法令に定める割合を超えて支給される付加給付金も、民法上の損害賠償に相当し、非課税所得となります。
(所得税法9条、28条、所得税法施行令20条、30条、所得税基本通達9-24)

 

以上の場合、労働の対価としての「賃金」と「休業補償」を合算して所得税の計算をしないように注意が必要で、「療養補償」や「障害補償」など非課税所得を会社は「福利厚生費」として経理処理することになります。また、労働災害補償保険法上、事業主管理下での業務災害と、会社への通勤途上での通勤災害があります。このとき、労働基準法(76条1項)では、業務災害について使用者に休業補償義務を課しています。もちろん所得税法上はどちらも課税対象ではありません。
退職手続き完了後、退職者の都合で退職が無効だとの主張に対しては、「会社が退職を承諾したことになり、退職は有効である」との判例があるようです。しかしながら、今回のJ社の相談事例では、労働者から一方的に退職取消しができるかどうかはあまり重要ではないと思われます。なぜなら、休業補償受給期間中に退職すると、「休業補償は貰えない」と考えがちですが、労災保険法は「保険給付を受ける権利は、労働者の退職によって変更されることはない」と明確に定めています(労災保険法12条の5)。
そして、退職後の休業期間については会社の証明は必要なく、退職日と退職した旨を記載して直接労働基準監督署に請求手続きをとればよいことになります。
また、退職後に労災手続きをとる場合、退職を理由に労災申請ができなくなることはありません。この場合も労働基準監督署で、必要な手続きを進めます。通常、会社から負傷・発病の年月日や災害の原因等についての証明が必要となりますが、退職後に労災申請をすると、会社協力が得られない状況が考えられます。このようなときには、状況を説明し、会社証明のないまま労働基準監督署に申請すれば問題ありません。労災の適用は、申し出を受けた労働基準監督署が調査をしたうえで最終的に判断をするので、会社証明が絶対的な条件ではないのです。
住民税は1年間の所得に対する税額を、翌年6月から翌々年の5月までに「後払い」で納める仕組みで、納税方法は退職の時期によって異なり注意が必要です。

 

1)6〜12月に退職の場合
翌年5月までに納めるべき残額を、退職時に一括で支払うか分割で支払うか選択します。一括の場合、納税方法は会社と相談して決めます。分割の場合は後日役所から送られてくる納税通知書に従って支払います。

 

2)1〜5月に退職した場合
5月までに納めるべき残額を退職時に一括で支払います。6月1日付で再就職している場合、前年分の住民税は転職先企業の給与から天引きとなります。所得税の手続きは年内に再就職したかどうかで異なります。

 

1)年内に再就職した場合
再就職先の会社で年末調整を行います。生命保険・医療費等の各種控除証明書と以前の会社の源泉徴収票を提出する必要があります。

 

2)年内に再就職しなかった場合
翌年の確定申告時期に管轄税務署で申告します。前の会社の源泉徴収票と各種控除証明書が必要です。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット大阪 会長 松井 文男  /  本文執筆者 弁護士 村本 浩、社会保険労務士 八瀬 惠、税理士 中野 洋



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