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第192回(平成30年1月号) SR東京会

「やっぱり労災にしてほしい!」
「今まで傷病手当金申請をしてきたのは…?!」

SRネット東京(会長:小泉 正典)

I協同組合への相談

介護事業を営んでいるB社。社長は自ら新人教育にも取り組み、少しでも地域の人達の介護の負担を減らせるよう、少しでも早く新人に仕事に慣れて長く働いて貰えるように心を配っています。そのせいか、短時間のアルバイトでも離職は少ない。

Mさんは2人の子供を抱えるシングルマザーで、フル勤務は難しいということで、週5日、9時から16時までのパートとして入社してきました。

面接では笑顔が絶えず、頑張り屋の印象を持ったため採用した社長でしたが、新人研修が終わるころから子供が急に熱を出した、自分の体調が悪い等勤怠に少し不安が出てきました。それでも面談をすると、「頑張りたい、ここで働きたい」というので、そのまま様子を見ることにしました。しかし、その後も勤怠は改善せず、シフト管理が難しくなってきたため、このままでは退職してもらうことを伝えました。

その次の日から欠勤したMさんから、診断書と傷病手当金申請書が会社に届きました。重度の腰痛と手首腱鞘炎により労務不能とのことでした。勤務自体は、まだ介助をやってもらえるほどのスキルはなかったため、利用者の介助や、重たい物を持ったりしたこともほとんどなく、まだ小さい子供の育児の中で発症したのかと、そのまま休職を受け入れ、傷病手当金申請も行いました。
3カ月が過ぎ、Mさんの休業満了日が近づいてきたため、通知をすると、急にMさんから電話がかかってきました。「やっぱり労災です!労災にしてください!」どうやら施設長が、勤務が1年未満のため、退職となると傷病手当金も終了となることを伝えたようで、急に労災だと言い出したようです。勤務は重度の腰痛や手首腱鞘炎の原因となるような勤務内容ではなかったし、すでに傷病手当金で申請していることも伝えましたが、Mさんは「労災にします!」と聞きません。困った社長は、I協同組合へ相談をしました。

相談を受けた事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業B社の概要

創業
1996年

社員数
正規40名非正規42名

業種
介護事業

経営者像

自分の父親の介護をきっかけに、介護事業を起業。週1勤務OKのアルバイト採用も積極的に行い、デイサービス施設を複数展開するまでになった。社長も週に2回は各施設に出向き、新人指導を行い、地域の評判もよい。


トラブル発生の背景

傷病手当金申請を行っていた社員から、急に労災申請へ切り替えたいという申出によるトラブルです。

社長は、勤続が1年未満のため、退職後に傷病手当金を受給できないことを知ったMさんからのクレームのように感じています。

ポイント

私傷病で休職していた社員から、急に労災へ切り替えたいと言われた場合は、必ず労災申請を会社は行わなければならいのでしょうか?

申請はせずに、そのまま退職としても問題はないでしょうか?

Mさんへの対応と、今後の注意点などB社の社長へよきアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:市川 和明)

Mさんは、重度の腰痛と手首腱鞘炎により労務不能との診断書を提出して、傷病手当金を申請していますが、まだ仕事のうえで利用者の介助や重い物を持ったりしたことはなかったとのことです。そうすると、業務と傷病等との間に因果関係(業務起因性)が認められず、労災補償の対象ではなく、単なる私傷病となりそうです。

B社では、休職を受け入れ、傷病手当金申請も行い、3カ月が過ぎ、Mさんの休業満了日が近づいてきたとのことなので、B社には、私傷病休職制度があるようです。

私傷病休職制度は、解雇猶予のための措置と解されており(「独立行政法人N事件」東京地判平成16.3.26労判876号56頁参照)、一般的に休職期間満了時に回復していなければ退職(実質解雇)してもらうことになりますので、B社が通知したところ、Mさんは急に労災にしてほしいと言い出したとのことです。

労働者が傷病手当金を申請していたとしても、実際に業務に起因して災害が生じたかを客観的に判断する労災認定には影響がありませんので、労働者が労災申請したいということであれば、それは労働者が決めることですから、労働者の判断に委ねるほかありません。また、社員から労災に切り替えたいと言われた場合に、必ず労災の申請を会社がしなければならないというものではなく、労働者自身でも労災申請できます。ただ、労災申請書には、事故原因について使用者の証明欄があるので、労働者と認識が違うときは、別途上申書等で使用者が把握している事 実を労働基準監督署に伝える必要があります。労災隠しのようなことをすれば50万円以下の罰金に処せられたり、安全配慮義務違反による損害賠償請求を受けたりする可能性があります。

本件では、B社の把握している事実は、Mさんの勤務は重度の腰痛や手首腱鞘炎の原因となるような内容ではなかったということですので、B社が労災申請しなくても問題ありませんが、事故原因の証明欄の記載については注意が必要
です。実際に、社内調査を十分にしないまま労働者の言い分を鵜呑みにした不用意な記載により、損害賠償請求訴訟に発展してしまった事例もあります。

業務上の負傷に伴う療養期間中の解雇は、労働基準法第19条第1項本文に反し無効とされます。ですから、Mさんをそのまま休職期間満了により退職とした場合、これは実質解雇と考えられるため、仮にMさんが労災申請して、業務上の災害であると認定されれば、退職扱いは同条に違反し無効と解されるものと思われます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:紺野 哲史)

傷病手当金も労災も病気やけがで労務不能となった場合に支給される生活保障金で す。

傷病手当金は、私傷病で労務不能で報酬が受けられないとき、3日間の連続待機期間後4日目より1年6カ月間健康保険からもらえるお金で、1日につき支給開始日以前の継続した12カ月の各月の標準報酬月額を平均した額の1/30の額の2/3相当額が支給されます。労災は業務中(または通勤途中)に労務不能となり賃金の支給が受けられないときに3日間(連続でなくてもよい)の待機期間後4日目より国からもらえるお金(休業補償給付)で、給付基礎日額の60%相当額+休業特別支給金20%相当額の合計で給付基礎日額の80%になります。その他労災では療養の給付で治療費はかからず、全額費用請求できますし、1年6カ月経っても治っていない場合で傷病等級に該当すれば傷病補償年金がもらえますので、労災のほうが給付は手厚くなります。

今回のケースでは、会社はすでに私傷病として傷病手当金を申請していて、労災申請への申出がクレームやトラブルと感じているとのことですが、状況はどうであるにせよ、労働者本人に労災請求する権利がありますので、本人から労災申請の強い意向があるのであれば、会社は応じることが得策かと思われます。会社が労災の認定をするのではなく、あくまでも今回の「腰痛と手首腱鞘炎」が業務上災害であったかどうかの労災認定は労働基準監督署が審査決定します。会社は休業期間の証明をするだけですので、快く対応したほうがトラブル防止に繋がると思われます。

また、腰痛の発症は本当に仕事中の動作が原因で発症したかの判断が難しいため、簡単に労災とは認められない場合が多いようです。厚生労働省では「業務上腰痛の認定基準」を設けています。今回の相談内容の経緯から業務内容等を考慮する限りでは、労災認定されない場合が考えられると推測します。しかし、仮に労災認定がなされた場合には、健康保険に今までもらってきた傷病手当金や医療費の返還をし、一度全額自費で支払い、労働基準監督署に今までの分の休業補償給付等の労災申請をすることになります。

さらに、仮に傷病が業務上であると認定された場合には、労働基準法第第19条第第1項の解雇制限により、療養に要するための期間とその後30日間は解雇できなくなります。療養期間が長引く場合は1,200日分の打切補償を支払うか、労働者災害補償保険法第第19条で療養開始後3年経過日に傷病補償年金を受けているか、受けることとなった場合に労働基準法第19条第1項の打切補償を払ったものとみなされ、解雇できるようになります。また、「休職期間満了を持って退職する」といった規定がある場合でも、休職の原因が業務上であれば労働基準法第19条の解雇制限が類推適用される余地もありますので、休職期間満了で退職させることが難しくなってきます。労働者本人との話し合いが必要になりますし、会社側からの一方的な退職勧奨はトラブルの原因になりますので注意が必要です。

今後の就業規則作成に関しては、やはり休職規定(復職含む)をしっかり整備することが大切です。休職規定は相対的必要記載事項で、休職の規定を設けるかは任意ですが、労働者の権利義務に係ることで、トラブルのとても多い分 野ですのできちんとした規定を整備することをおすすめします。休職期間は社会通念上の相当性に照らして検討すべきですが、例えば勤続年数の長短に応じて休職期間の長さに差を設けるなど、特に私傷病による休職期間(労務不提供期間)を解雇猶予措置としてみた場合、試用期間中の者や入社1年未満の者についての適用をどうするか等も検討すべきでしょう。また、会社が休職中の労働者の主治医と健康に関して情報交換することがあるという規定や会社指定の医師への診断を命じることができる規定等が整っていれば、今回のケースでも主治医の見解や場合によっては会社指定の医師(産業医)等の判断を仰ぐことも可能であったと思われます。さらに、休職期間満了時においても休職事由が消滅(治癒)していない場合には労務提供不能として労働契約を終了させることになりますが、この場合、自然退職になるか、解雇として解雇手続になるかは規定によりますので注意が必要です。

その他、災害補償規定を別規定として作成するか、就業規則に盛り込んでおくこともおすすめです。災害補償規定をきちんと整備しておくことで、会社としての補償の根拠は明確になり、事故や傷病を抱えてしまった社員への金銭的な道筋まで明確に示すことができ、社員とのトラブル回避にも繋がることが期待できるでしょう。

 

税理士からのアドバイス(執筆:山田 稔幸)

Mさんへの対応と、今後の注意点について税務上の留意すべき事項について説明します。
(1)傷病手当金の所得税の課税区分
Mさんへ支給される傷病手当金については、非課税所得であり、所得税は課税されません。

したがって、個人での確定申告も不要です。なお、健康保険組合では、さらに上乗せして付加給付される場合がありますが、その収入についても非課税所得になります。
(2)給与からの住民税の控除について
所得税は、その月に支給される給与をもとに源泉徴収する金額を算定して、給与から控除するのに対して、特別徴収の場合の住民税は、所得税とは異なり、前年の所得に対して計算された金額を、6月から翌年5月まで、毎月分割した金額について会社が従業員へ支払う給与から控除して納税することになります。つまり今年控除されている住民税は、前年分の所得に対して決定された金額についての税金となります。そのため、休職期間中の給与・賞与の発生がない期間についても、従業員が支払う必要があります。
(3)給与の支給がない期間の社会保険料の取扱い
①従業員が負担すべき社会保険料を会社が立替払または貸付して支払った場合
従業員が、負担すべき社会保険料を支払った場合または給与から控除される場合には、その支払った金額またはその控除される金額について社会保険料控除の適用を受けることができます。この「給与から控除される場合」には、健康保険、厚生年金保険または雇用保険の保険料のように通常給与から控除されることとなっている社会保険料について、給与の支払がないなどのため直接本人から徴収している場合も含まれることとされています。したがって、会社が立替払をした場合や貸付けたうえで支払った場合には、従業員の社会保険料納付義務は履行され、新たに会社に債務を負ったに過ぎないことから、給与としての課税は行われないで、「直接本人から徴収」したものとして従業員が支 払った年分の社会保険料控除の対象となります。

②従業員が負担すべき社会保険料を会社が負担した場合
従業員が負担すべき社会保険料を会社が負担 した場合には、原則としてその負担した金額は、その従業員の給与として課税されるとともに、給与から控除される社会保険料の額に含まれます。ただし、その月中に負担する金額の合計額が300円以下である場合には、課税されず、その社会保険料の金額は、従業員が支払った、または給与から控除される社会保険料の金額に含まれないものとされています(所得税基本通達36―32)。
イ.支払時点で会社負担となる場合
会社がその社会保険料を支払った時点で従業員が負担することとなった場合の社会保険料については、その時点でその従業員の給与として課税されるとともに、給与から控除される社会保険料に含めます。
(注)この場合、その社会保険料以外に給与等の収入がない月においては、社会保険料控除後の給与等の金額はないこととなりますので、源泉徴収税額はゼロとなりますが、年末調整の際にその年分の給与所得から控除されることとなります。
ロ.一定期間経過後会社負担となる場合
会社がその社会保険料を支払い、一定期間を経過した後に会社が負担することとなった場合の社会保険料については、会社が負担することが確定した時点でその従業員の給与として課税されるとともに、会社負担が確定した年分の社会保険料控除の対象となります。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット東京 会長 小泉 正典  /  本文執筆者 弁護士 市川 和明、社会保険労務士 紺野 哲史、税理士 山田 稔幸



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