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第190回(平成29年11月号) SR広島会

「今まで貢献してきたんだから、賞与を前倒しで払って!」
「いやいや賞与の支給対象者は支給日に籍のある社員のみだ!」

SRネット広島(会長:松浦 充恭)

H協同組合への相談

E社はアパレルの卸・小売業を先代から経営しています。息子である2代目社長に引き継ぎ先代は引退。引き継いだ当初は業績がよかったものの、この数年ですっかり業界の風向きが変わり、ネット販売なども始めたものの、対応が後手となってしまい売上も落ち込んでいます。
Mさんは先代から勤めている古参の一人でしたが、数年前から社長と経営方針を巡って対立することが多く、退職を申し出てきました。社長としては何度か遺留したものの、退職意志が固いため希望の退職日で退職を受理しました。有給消化に入っていたMさんから電話があったのは6月の中旬でした。「社長! 今年の賞与は8月支給ってほんとですか?」「その予定だよ」「そんなこと聞いていません。毎年6月末だったじゃないですか。私にもちゃんと支払いはあるんですよね?」「賞与は在籍者のみだよ」「急に支払日を変更なんてだまし討ちじゃないですか! 6月末に払ってください!」資金繰りが厳しいための対応策だと説明しても、Mさんは引き下がりません。「今まで貢献してきたんだし、自分の分くらい前倒しで支払ってください」と言って聞きません。社長はもともと今年の賞与は資金繰りの関係でいつもより遅めの支給を検討していましたが、特に必要ないと思ってMさんにそのことは伝えていませんでした。Mさんは賞与を貰ってから退職するつもりだった、前倒しとしないなら退職日を変更したいと連日抗議の電話をしてきます。社長はどのような対応をしたらよいか困ってしまいました。

相談を受けた事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業E社の概要

創業
1979年

社員数
正規20名非正規15名

業種
卸・小売業

経営者像

2代目が社長になってから12年、業界を取り巻く環境がすっかり変わってしまい、なんとか経営を立て直そうと必死。古参と外部から引き抜きで入社した人との橋渡しが上手くできないのも悩み。


トラブル発生の背景

賞与支給日を変更したことによるトラブルです。
Mさんはもともと賞与を貰ってから辞めるつもりが、賞与支給日が変更となったため、前倒しで賞与支払いを求めています。社長は資金繰りの関係もあり、Mさんだけ先に賞与支払いはできないと思っていますが、賞与を払ってもらえないなら、退職日を変更したいと言われています。就業規則には賞与について記載はなく、 そのため社長も特に賞与支払日変更についてMさんに知らせる必要はないと考えていました。

ポイント

就業規則に記載がない場合、賞与支給日を変更しても問題ないのでしょうか? また規定がないにも関わらず、退職社員には支給しないと社長が決めてしまっても大丈夫なものでしょうか? もし、Mさんが退職日変更をしたいと申し出ている場合は、受け入れなければならいのでしょうか?

Mさんへの対応と、今後の注意点などE社の社長へよきアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:山岡 嗣也)

賞与の性格は、会社によって異なります。支給の有無、額、算定方法がもっぱら使用者の裁量に委ねられている場合には、恩恵的給付であって賃金ではありません。この場合、賞与支給日の変更も問題ありません。他方、就業規則、労働協約、労働契約等に支給時期及び額・計算方法が定められている場合には、賞与の受給は労働者の権利となっていることから、賃金として扱われます。この場合には、使用者が労働者の承諾なく賞与支給日を変更することはできません。

しかし、賞与が支給される多くの会社では、上記のような場合は例外的であり、賞与は、就業規則等において、夏季と年末の2回に分けて、おおまかな支払時期、金額は業績等を考慮して使用者が決める旨、企業業績の著しい低下などがある場合には支給を延期すること、または支給しないことがあると記載されています。

この場合、賞与の請求権は、就業規則等によって保障されているわけではなく、各時期の賞与につき労使の交渉または使用者の決定により算定基準・方法が定まり、算定に必要な成績査定もなされて初めて発生します。

賞与支給日の延期について

さて、本件でE社は、上記の多くの会社の例にならって就業規則の定めがあったとしましょう。この場合、賞与は、基本的には支給対象期間の勤務に対応する賃金ということになり、原則として定められた時期における支払いが必要です。もっとも、企業業績が著しく低下しており、賞与支給により資金繰りに困窮するような 場合には例外的に支給時期を延期することが認められるでしょう。ただし、このような場合にも、労働者にはその理由をきちんと説明することが必要です。E社では、社長が必死に経営を立て直そうとされていますが、売上が落ち込み、例年通りに賞与を支給すれば資金繰りが厳しいとのことです。このような場合には、一定期間において賞与支給日を延期することも可能と考えられます。
支給日在籍要件について
E社では、就業規則等の規定か、慣行かは不明ですが、賞与は在籍者のみに支給する方針のようです。この支給日在籍要件については、判例でも合理性を認められています(最判昭和57年10月7日)。
しかし、本件E社のように会社都合で賞与支給が例年より遅れたために支給日在籍要件を満たさない場合まで支給日在籍要件を貫いてよいでしょうか。この点、就業規則所定の支給時期より遅れて支給された賞与につき、支給時期到来後現実の支給日までの間に退職した従業員が賞与の受給権を有するものとされた事例があります(最判昭和60年3月12日)。本件でも、Mさんは従前どおりの支給日に賞与が支給されていれば、支給日に在籍しており、賞与を受給できていた以上、E社としてはMさんにも賞与を支給する必要があると考えます。
退職日の変更について
最後に、Mさんが退職日の変更を申し出たとき、この申出を受け入れる必要があるかについて検討します。退職届は、労働者からする一方的解約の通知であり、使用者に到達すると、到達時に効力を生じます。このため、原則として、使用者の同意がない限り、退職届を撤回できません。もっとも、退職届に錯誤や詐欺があれば、民法に従い、退職届の無効や取消を主張できます。本件では、Mさんの退職届はすでに受理されており、原則として撤回できず、Mさんが退職日を変更したいと申し出たとしても、これを受け入れる必要はありません。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:松浦 充恭)

賞与の支払いについて
賞与に関する労働基準法上の規定はありません。しかし、就業規則等に定めがある場合は、その定めどおりに賞与を支給すべきものとなります。また、支給額については、賞与算定期間の会社業績や本人の成績を考慮して支払うこととなります。
次に、賞与支給について、就業規則等に定めがない場合は、支払う義務はありません。ただし、慣例的に毎年支払われている場合は、会社の業績に応じた金額で支払うべきと思います。今回のような問題が起こらないためにも、今後はきちんとした明文化が必要だと思います。
就業規則に賞与に関する規定を作成する際の注意点
①賞与を支給するときの要件
会社の業績や社員の勤務成績などを勘案して賞与支給することはもちろん、営業成績の低下、その他やむを得ない事由がある場合には支給日を延期、変更し、または支給しないことがあることは必ず明記しておきましょう。
②算定期間
夏期賞与の算定期間については、前年12月1日から当年5月31日とし、冬期賞与の算定期間については6月1日から11月30日までの期間としますなど、このように賞与の考課期間を明確にしておくとよいでしょう。
③賞与受給資格者および欠格者
賞与の支給は6月及び12月とします。ただし、算定期間に在籍している者であっても支給日に在籍していない者については支給対象としない等の欠格要件についても明記しておきましょう。
④賞与を支払う意味
ひとつの考え方ですが、一般的に賞与は、「対象期間の会社業績や本人の成績・勤怠状況」をもとに支給額を決定していると思いますが、当該期間の評価プラス「これからも頑張って欲しい」という期待値も含まれているものと考えてください。ですので、賞与は算定期間に在籍していたから支給するのではなく、支給日に在 席していることを要件とするという考え方になります。
⑤その他トラブルの多い事例
その他賞与に関してトラブルが多い事例としては、『退職予定者の賞与を減額する』といったことがあります。この減額に関する目安ですが、「退職予定者と非退職予定者について、2割以上の差をつけることは公序良俗に反する」という裁判例がありますので、ご留意ください(ベネッセコーポレーション事件平8.6.28東京地裁判決)。
最後に退職日の変更についてですが、この点については、弁護士からのアドバイスにもあるように、賞与の支給要件を満たすためだけに退職日を変更するようなことはしないほうがよいでしょう。同様の問題が発生した際には、今回の対応が慣行となってしまうリスクがあるからです。

税理士からのアドバイス(執筆:渡辺 一照)

最近は、特に勤務年数が短い方の方が、夏や年末のボーナスに合わせて、有給消化を考えて逆算して退職をするケースが多いようです。
税務的な処理を中心に考えていきます。
よって、E社の社長が賞与支給日の変更実施であるとかMさんの退職日をMさんが勝手に変更いった法律的な考え方は、弁護士のアドバイスに任せることにします。また、E社の就業規則に関する賞与の取り扱い方、Mさんの退職日の特別的な変更の申出等に関することは、弁護士、社会保険労務士のアドバイスに任せることにします。税理士としては、この賞与の支払いについて回答をしていきます。

損金算入時期としてE社が、社員等に対して支給する賞与の損金算入時期は、原則は、その支給した日の属する事業年度とされます(法令72の3三)。
加えて、次の①と②場合はその事業年度の損金に算入されます。
①労働協約や就業規則により定められる支給日が到来している賞与
社員等にその支給額が通知され、かつその支給日または通知日の属する事業年度において損金処理をしているものは、その支給日または通知日のいずれか遅い日の属する事業年度の損金の額に算入される(法令72の3一)。
②下記のABCの条件をすべて満たす賞与
社員等にその支給額を通知した日の属する事業年度(法令72の3二イ~ハ)
A その支給額を各人に対し、かつ同時期に支給を受けるすべての社員等に対して通知していること
B Aの通知をした金額をその通知したすべての社員等に対してその通知をした日の属する事業年度終了日の翌日から1カ月以内に支払いが完了していること
C その支払額につき、Aの通知をした日の属する事業年度において損金経理をしていること
就業規則によって賞与支給対象期間に在職していた社員等でも、支給日に在職していないと賞与を支給しないとしているならば、支給対象期間の経過により賞与にかかる債務が確定していないので、未払い賞与としての損金処理ができません。就業規則によって賞与支給対象期間に在職していた社員等は、その後退職しても、支給対象期間の経過により賞与支給の権利を有し、またE社は賞与にかかる債務が確定するので、未払い賞与としての損金処理ができます。
E社の場合、古参のMさんの退職にかかわることであり、今後の他の社員へ士気にもかかわってくることなので、あまり冷酷な処置は、できにくいと思われます。
E社は、就業規則に賞与の記載がないので、今後のE社の社内のMさんに対する対応及びE社とMさんとの協議によって、E社が支払う金額が発生するのかしないのか、その金額がいくらなのか。また、その支払いのE社の意図やその支払いの費用科目が、賞与的なものなのか、退職金の上乗せなのかによっても処理が違ってきます。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット広島 会長 松浦 充恭  /  本文執筆者 弁護士 山岡 嗣也、社会保険労務士 松浦 充恭、税理士 渡辺 一照



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