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第129回 (平成24年10月号)

有給休暇の付与日を変更!
時効との関係はどうなる?

SRネット熊本(会長:山内 健)

B協同組合への相談

リサイクル事業を行っているF社はB協同組合に加入し、これまでも事業活動のサポートなどを受けてきました。今般、社員からの指摘に対応を苦慮しているとのことで、F組合員から組合事務局に次のような相談がありました。

「有給休暇は労働者の当然の権利だ」と言う社員が増殖中のF社では、原則通り社員の入社日を起算とした管理を行っていたため、休暇残日数の管理が面倒になってきました。付与日を忘れたり、繁忙月に付与日が到達する社員の勤続年数を誤ったり、ということが多発して、社員からのクレームがあるたびに、社長の血圧が上がります。いつまでもこんなことをやっていられないと、付与日を全社員統一する、という手法を仕入れて実行したそうですが、一部の社員から次のような質問がありました。

「私の付与日は6月1日で、今回の変更で9月1日に新年度の休暇付与となりました。6月1日時点では前年度分6日当年度分12日、9月1日まで休暇を取得していないので、前年度分12日当年度分14日はわかりますが、6月1日時点の前年度分残数6日が時効になるのは、来年の5月31日ではないでしょうか?」

社長としては、早く繰り越して付与日数がプラスになっていること、3年度分の休暇を保有することはあり得ないと言ったそうですが、どうにもその社員が納得しないそうです。また、欠勤した場合に、後から有給休暇に振替えないこともおかしい、他の会社同様の取り扱いとしてほしい、という申し出もあり困っているということでした。

小さな商店から急に規模が拡大したこともあって、形式的な就業規則はあるものの、社内の就業ルールが確立されていない状況で、何から手を付けるべきなのかも悩まれています。

相談を受けた組合事務局では、組合員の役に立つ対応をしたいと思い、地元のSRアップ21に、有給休暇の取扱い及びF社の人事基盤整備についてアドバイスを求めました。

相談事業所 組合員企業F社の概要

創業
2000年

社員数
正規 43名 非正規 9名 派遣社員6名

業種
資源回収業

経営者像

F社の社長は58才、もともとは家族経営的な会社でしたが、市のリサイクル事業を請け負うことになってからは、社員数が徐々に増えてきました。その結果、さまざまな業務経験を有する社員が混在し、労務管理はもとより、その処遇についても個別的な取り扱いが弊害となるような事態に、日々イライラする社長です。


トラブル発生の背景

仕事第一優先で頑張ってきたことが、急激に増加してきた社員たちの処遇に関する不平不満の原因となりました。雇入れ時点から、労働条件を明確にすることなく、また働かせ方についても公平なルールがありませんでした。

ポイント

「大きな会社じゃないから…」と笑って逃げることができなくなったF社の社長のピンチが続いています。企業法務の問題は、専門家に意見を求め、併せて解決策の指導をお願いすることがポイントです。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:村山  永)

まず労働基準法上の年次有給休暇制度とは、労働者の健康で文化的な生活の実現に資するために、労働者に対し、休日のほかに毎年一定日数の休暇を有給で保障する制度です。

ところで、未消化年休の処理について、年度の終了によって消滅するか、それとも翌年に繰り越されるのか、これが本件相談の前提として問題となります。

この点、裁判例の中には、同制度は当該年度に法定の日数を有給で「現実に」休むことを保障したものであり、年休の繰越しは認められないとしたものがあります。言い方を変えれば「現実に」休むのだから繰越す必要はないということです。しかし、実際には、法定の日数を全て消化することは困難であるため、労働者の実質的利益の観点から、通説及び解釈例規(S22.12.15基発501号)により、年休の繰越し処理が認められており、これを受けて各職場においても、就業規則等において年休の繰越しを認めている場合がほとんどです。

もっとも、この年休権は、労基法上の2年間の時効に服するとされています(労働基準法115条)。したがって、法律上、年休権は権利を行使することが出来るときから2年間のみ行使することができるということになります。

以上を前提に、本件を考えてみましょう。

本件の社員は、6月1日に前年度の年休未消化分6日間が繰り越され、同日に法定付与された12日間と併せて18日間の年休を有していたところ、事業主側の事務処理の都合から、便宜上9月1日に新たに14日間、前倒し付与されたというものです。

では、この便宜上前倒し付与されたことに伴い、6月1日に繰り越された前々年度分の6日間の年休は消滅するのでしょうか。この点、一部社員の言い分は、まさに、時効期間は2年間であり、消滅するのは翌年の5月31日であるというものです。

他方、これに反対する社長の言い分は3年度分の休暇を保有することはあり得ないし、6日間の年休は消滅するというものです。

まず、前々年度分の年休権(3年度分の休暇)を認めないという主張は、実質的に見て社員側に不利益はないため、時効にとらわれないとの考え方です。この考え方から、実務の運用でも、前々年度分の年休権を認めないとされている場合は多いと思われます。

しかし、法の一般原則からすると、前倒しという点で利益を与えたからといって一方的に既発生の前々年度分の年休権を奪うことには問題があります。新年度分として前倒しで付与される年休権と前々年度分の既発生の年休権は法的にも別の権利であるため、トータルとして有利だからといって、当然に既発生の権利を奪うことはできないからです。また、年休権の時効は2年間とされているため、昨年の6月1日に発生した年休を時効にかかる来年の5月31日を待たずに年休権を行使させないことは、法的には社員に時効の利益を放棄させることを意味しますが、法律上、あらかじめ時効の利益を放棄させることはできません(民法146条)。同条は強行法規ですので、前々年度分の年休を認めない措置は、強行法規に反する取扱いということになります。そして、この点については、仮に就業規則に総日数40日までという規則があっても、本件のように付与日を変更したために繰越日数が20日を超えた場合には、強行規定が優先され、総日数40日を超えた日数部分を消滅させることはできないことになります。このように、法的観点からすると、前々年度分の年休を認めない点は問題があるものと考えられます。 

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:西村 吉則)

中途入社が多く、社員ごと入社日が異なることが多い中小企業では、その管理が煩雑になりがちです。その煩雑さを軽減するため、次の要件を満たせば、基準日を定めて斉一的に付与することができます(平6.1.4基発1号)。

?有給休暇の付与要件である8割出勤の算定は、短縮された期間は、全期間出勤したものとみなすこと
?次年度以降の有給休暇の付与日についても、初年度と同様かそれ以上の期間、法定の基準日よりも繰り上げること

有給休暇を全社員に一斉に付与するためには、このように労基法39条の定めを上回る必要があり、企業にとっては、コスト(人件費)が余計に発生し、社員からすると入社時期により多少の不公平感が生じます。

つぎに、F社のように社員ごとの個別付与から一斉付与に変更する際の方法を説明します。勤続年数や入社日の異なる社員の付与日を統一する為には、勤続年数毎に基準日(会社が任意で決めることができますが、4月1日を基準日としている会社が多くみられます)に表1の日数を付与します。

(表1)

勤続0.5年超1.5年以下 「勤続1.5年」とみなして11日付与
勤続1.5年超2.5年以下 「勤続2.5年」とみなして12日付与
勤続2.5年超3.5年以下 「勤続3.5年」とみなして14日付与

 

勤続半年以下の社員とこれから入社してくる社員には、入社から6ヵ月勤務で原則どおり10日付与し、最初に迎える基準日に11日を付与します。

この方式では、仮に9月1日に入社した社員は、翌3月1日に10日取得し、4月1日を基準日とすると、ここで11日取得することになります。その社員が翌月に退職したとすると、個別付与に比べ11日多く取得したことになります。会社からみるとロスが発生し、一方、社員からは入社時期による不公平を問題視する声があがる可能性があります。このようなロスと不公平感を軽減し、管理の負担を減らす方法として、基準日を複数回設けた例が表2です。

(表2)

入社時期 基準日
4月1日~9月30日 10月1日
10月1日~3月31日 4月1日

 

基準日を統一すると多少のロスは避けられませんが、メリットはなんといっても管理が簡単になることです。社員数や採用時期などの自社の状況に応じて運用しやすい方式を選び、管理方法を変更する場合には、就業規則等にその詳細を定めます。

また、F社の社員から“欠勤を後から有給休暇に振り替えないのはおかしい“という申し出がありました。この件については、会社がそれを認めるのであれば、就業規則に「突発的な傷病その他のやむを得ない事由により欠勤した場合で、会社が承認するときは、年次有給休暇へ振り替えることができる」などと定めておくことで対応できますが、欠勤を有給休暇に振り替えることは会社の義務ではありません。

最後に、退職日が決まっている社員からの有給休暇の請求に対しては、時季変更権を行使できないことが起こり得ます。そこで、就業規則の中に「退職前の2週間は、出社をして引継ぎを完了すること」などと定め、履行されない場合は、「退職金の減額を行う」旨、明記しておかれるとよろしいでしょう。

税理士からのアドバイス(執筆:木口  隆)

税務上の問題としては、会社による社員からの有給休暇の買い取りという問題があります。通常の場合、社員の有給休暇を会社が買い取ることは、労働基準法第39条に反するとして認められていません。

しかし、退職時に消化しきれなかった有給休暇については、会社が買い取ることが認められるケースがあります。問題は、この場合に社員に支払う金銭が給与所得となるのか?それとも退職所得となるのかという点です。

さて、給与所得とは、「俸給、給料、賃金、歳費及び賞与、並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう。」(所法28条1項)とされています。一方で、退職所得とは、「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与に係る所得をいう。」(所法30条1項)とされています。

そして、有給休暇の買取は、どちらに該当するのかが問題になりますが、この場合の有休休暇の買い取りについては、退職時に消化できないことから買い取りをするもので、退職することを原因として支給されるものとして、退職所得となることが多いようです。

退職所得は、退職金から退職所得控除額を控除して、さらに2分の1にしたものに税率を掛けて税金を計算しますので(所法30条2項)、一般的には給与所得よりも税制面で有利な場合が多いので、買い取ってもらった社員の方にもメリットがあります、一方で、法人税法においても損金として認められるため、買い取った会社の経費に計上することもできます。

雇用促進税制について
ご相談のケースでは、市のリサイクル事業を請け負うことになってから社員数が増えてきたということですが、平成23年度の改正によって、雇用を積極的に行う会社については、法人税法上のメリットが与えられました。これを一般に雇用促進税制と呼びます。雇用促進税制とは、平成23年4月1日から平成26年3月31日までの間に開始する各事業年度において、下記の要件をすべて満たす場合に税額控除が認められるという制度です。

<社員の数に関する要件>
? 当期末の雇用者の数が、前期末の雇用者の数に比べて5人以上(中小企業者等に
ついては2人以上)増加していること。
? 当期末の雇用者の数が、前期末の雇用者の数に比べて10%以上増加していること。
*10%以上かつ5人以上(中小企業者等については2人以上)増加していることが必要ですので、たとえば社員数が10人の会社であれば2人の増加が必須になりますし、30人の会社であれば、3人の増加が必要となります。

<申請する法人に関する要件>
? 青色申告法人であること。
? 前期及び当期に事業主都合による離職者がいないこと。
*いわゆる事業主都合による整理解雇を行ったあとに雇用をした場合には、税額控除を認めないという趣旨になります。
?給与等支給額が比較給与等支給額以上であること。
?雇用保険法第5条第1項に規定する適用事業を行っていること。

<法人税の申告に関する要件>
? 公共職業安定所に雇用促進計画の提出を行い、上記の要件について確認を受け、その際に交付される雇用促進計画の達成状況を確認した旨を記載した書面の写しを確定申告書に添付する。
? 確定申告書に、税額控除を受ける金額の申告の記載及びその計算に関する明細書を添付すること。
認められる税額控除の内容は、増加した社員1人当たりにつき20万円の税額控除が認められます。ただし、当期の法人税額の10%(中小企業者等については20%)相当額が限度とされています。

ちなみに、中小企業者とは、「資本金の額若しくは出資金の額が1億円以下の法人のうち、一定のもの、又は資本若しくは出資を有しない法人のうち常時使用する社員の数が1000人以下の法人をいいます。

適用に当たっては、細かい要件等もありますので、専門家の方へのご相談をお勧めいたします。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット熊本 会長 山内 健  /  本文執筆者 弁護士 村山  永、社会保険労務士 西村 吉則、税理士 木口  隆



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