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第1回

累積した振替休日が60日もあるなんて!!
?過重労働からの開放と休日勤務手当の支払に関するトラブル?

社会保険労務士 岩城 猪一郎 (岩城労務管理事務所 所 長・全国SRアップ21 理事長)

紛争事例の概略

比較的勤続年数の短い社員が団結して、ワンマン社長に休日勤務の削減とこれまでの未消化振替休日の買い取りを求めてきました。
社長は激怒し、その社員たちに解雇を言い出しかねない形相です。
その場は社長の息子である専務が何とか収拾しましたが、これからが大変です。
社員たちは「労働組合に相談するか」とか「いや、まず労働基準監督署だよ」「自分たちで労働組合を結成しよう」など議論を続けています。
社長は専務と共に社長室へ直行です。社長室のイスにどっかと座り、天井を見ながら「なんだ、あいつらは、この業界の厳しさをまだわからんのか、給与がもらえるだけでもありがたいのに…」と自分の苦労話を始めています。

間に入った専務は、業界の厳しさも労働基準法もそれなりに理解していました。
つい、自分が入社した頃のことを思い出し、ベテラン社員の残業や休日勤務に付き合わされヘトヘトになったこと、彼女とデートの約束をしていたのに、急に現場に呼び出されたこと、などが走馬灯のように頭の中を駆け巡ります。
「社員の言い分もわかるし、資金繰りに追われる社長の苦労もわかる。しかし、このままでは会社がダメになる」
自分では社長も社員も説得できないと思った専務は、インターネットを検索して一人の社会保険労務士に期待をかけました。

紛争事例の背景

「建設業に携わる者ならば、時間外勤務、休日勤務は当たり前。請負金額と工期が決まった仕事の中で、個々の社員の給与を予定外に支払うことなどもってのほか」といった風潮が色濃く残るA社での出来事でした。
社員数は25名で設計、施工、営業、総務と4つの部門を要するA社は、官庁関係の仕事が多い創業32年の工務店です。
現在の社長が創業し、社員の平均年齢は42歳、社員の約半数は、勤続20年以上のベテランですから、これまで会社の処遇について不平、不満を言う者などいませんでした。「建設業だから仕方がない」と…。

ところが、この4?5年に中途採用、新卒と徐々に社員が増え始めた頃から、会社に対するさまざまな不満が聞こえるようになりました。
 ・ また今週は休みが取れない、振替休日がまた増える
 ・ 明日までに設計図を修正しなければならないので今日は徹夜だ
 ・ 何時間働いても給与は変わらない  等々

A社の一番の問題は、振替休日といっても、実際には休みを特定せず、「仕事の都合で休める日に休む権利」を1日単位で保有するだけです。
よって、月額の給与が増減されることもなく、仕事の都合で休めなければ、振替休日がどんどん貯まっていくだけなのです。
A社にも就業規則や給与規定はありますが、実態とはまったくマッチしていません。昇給も賞与も社長次第、時間外勤務・休日勤務をいくらやってもそれは、その社員の責任といった状態ですから、若い社員に不満が出るのは当然です。
また、ほとんどの社員に振替休日が残っていますので、有給休暇の消化率は0%です。「自分が苦労したのだから、後輩も苦労して当然。あの社長には何を言っても無駄だよ」というベテラン社員の姿勢にも問題がありそうです。

紛争処理のポイント

専務から紛争概要と社内の実情を聞き、まずは社長との面談、そして社員たちとの面談を行うことにして、専務に日程を調整してもらいました。
会社に非があることは明確ですから、専務への事業継承も視野に入れたコンサルティングが必要です。社長の理解があってこそ、現在の問題解決と今後の予防処置ができるものです。法遵守のみを貫徹し、社長の意向を無視した方法は、当面の解決は達成できるものの、必ず同様の労使トラブルあるいは、他の問題でのトラブルを発生させます。
会社も管理職も社員も守れるルールを再構築し、そのルールを正しく運用する労務管理手法を提供しなければなりません。場合によっては、仕事の見直し(手順・方法)、職務分掌の見直しに着手することもあると考えていました。

社長の説得 ・社長の考え方(会社とは、社員とは)をヒアリング
・勤労意識の変化に関する話
・評価と対価(給与)に関する話
・3年後、5年後、10年後の会社の話
・人件費率等の経営的な話  など
社員の説得 ・現在の不平、不満をヒアリング
・仕事の手順についての話
・段階的かつ柔軟なコンプライアンス実行に向けての話
・会社に自分の何を見てもらいたいのか、どのようなことを評価してもらいたいのか、また、仕事上(現場の人間関係、取引先との関係)悩んでいることはあるか などの話

社長には、自社の現状、同業他社の動向や労務管理事例を交えながら、「どうしたら良い会社になるのか」というメインテーマに添うような話題を投げ続けました。しだいに、「時代は変わった、人も変わった、それではどのような方法で社員を処遇すればよいのか?」と社長が危機感を抱くようになれば成功です。今回申立てをしてきた社員たちも、会社を辞めたいわけではありません。働くならば、それなりの対価を求めているだけです。また、入社した際に、みなし残業、変形労働時間制などについてきちんとした説明を受けていれば、このようなことにはならなかったはずです。
一方、社員に対しては、現状の不満を吐き出してもらうこと、そして解決策を見出せるような質問をしながら、
・ 会社が良くなってこそ、社員の幸せがある
・ 社長が考え方を変えたこと
・ 専務が社員の気持ちをわかっていること
・ ただし、これまでの歴史から急激な改革は困難であること
などを説明し、理解を求めました。

社員にしてみれば、自分たちの申し立てが決して間違いではないことを肯定されましたので、ひと安心といったところです。

紛争処理

さて、当面の問題は休日出勤の削減と累積している振替休日の解消です。社員によっては、未消化の振替休日が60日以上ある者もいます。

まず、休日出勤については、施工部の社員が突出して多いことがわかりました。いろいろと事情を聞いてみると、
・ 現場の工期が短い
・ 日曜日に工事の打合せをすることが多い
・ 担当者が足りない
・ 平日は暇なときがある
・ 他部門の応援があれば、もう少し楽になる
・ 原則として、一人一現場制である
などの意見が出されました。そして、検討を重ねた結果、施工部と営業部の社員については、「1年単位の変形労働時間制」を採用することにしました。

さらに勤務カレンダーは、会社が作成するのではなく、個々の社員がそれぞれに自分ものを作成するようにしました。先々の工事予定はわかりませんが、暫定的な年間カレンダーと直近2ヶ月の勤務予定表作りです。

これまでは、今ある仕事、いわれた仕事だけをこなすだけだった社員が、予定表作りに四苦八苦しています。やってみるとおもしろいもので、何に苦労しているのかと思えば、指定した休日数が早く埋まりすぎて困っているのです。

指定した休日数には、1年単位の変形労働時間制を達成するために必要な休日と月2?3日の割合で、未消化振替休日を入れるようにしてあります。法律的には多少問題がありますが、ここは目を瞑ってもらいましょう。
業種柄予定通りに行かない場合もあると思いますが、社員自らが計画をたてることによって、
・ きちんと休むためには、効率的な業務を行なわなければならないこと
・ 自分が任された現場に対してこれまで以上に責任をもつこと
・ 社長の顔色を窺うことなく休日を取得できること
・ 付き合い出勤が無くなること
などの副産物も期待できそうです。

そもそも振替休日制度は、4週4日の休日が確保される範囲内で、事前に振替休日を指定することが原則であり、また休日を振り替えた結果、当該週の労働時間が40時間を超えることとなった場合には、時間外労働として2割5分以上の割増賃金を支払う必要があります。
(昭22.11.27基発第401号、昭63.3.14基発第150号、婦発第47号)
週あるいは、月を跨いで休日を振り替えた場合は、時間外労働となった時間に対し割増部分の賃金(125%のうち25%)を支払う必要があり、さらに一賃金計算期間内に振替休日が与えられなかった場合には、出勤した休日の基本給部分(125%のうちの100%)についても時間外労働の割増率で計算し、当該月の賃金計算期間の賃金支払日に支払う必要があります。
また、4週4日の休日を確保できなければ、法定休日に出勤させたことになり、法定休日労働に対する割増賃金(3割5分)を支払う必要があります。
労働基準法第36条では、過半数組合または労働者を代表する者との間の休日労働に関する労使協定がある場合には、休日労働を認めています。ただし、この労使協定を締結できない場合であっても、業務の都合によっては労働させざるを得ないときがあると思います。このようなときのために考えられたのが「休日の振替」です。

 

次に総務部、設計部についてもヒアリングを行い、検討を重ねました。
総務部、設計部については、年単位、月単位の仕事の繁閑はさほどないものの、かならず定時から定時まで、会社で仕事をしなければならないということはありません。
よって、フレックスタイム制度を活用することにしました。

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社員の自主性を活かせるこのような制度は、旧態依然とした工務店に“さわやかな風”を巻き起こしたようです。もちろん、顧客に迷惑をかけないことが大前提であることは、言うまでもありません。

社長は朝の訓辞がなくなったことが、ずいぶんとお気に召さないようでしたが、そこは、専務がうまく説得してくれました。
実は、ベテラン社員の反発があるのではないかと少し心配していたのですが、全ての部門でヒアリングを行ったことが功を奏したようで、とまどいながらも協調性を発揮してくれました。ただし、カレンダーや勤務予定表をみてみると、これまでの勤務体制と大差ない人が結構多く、思わず笑ってしまう場面もありました。このような社員には、計画修正を指示することが必要です。A社の場合は、先に勤務体制を確立することがポイントでした。へたに就業規則から手をつけていると、時間がかかりすぎて社員の不満が爆発してしまったかもしれません。
当然、1年単位の変形労働時間制に関する協定書・協定届は、所轄の労働基準監督署に提出しました。フレックスタイムに関する協定書・協定届も締結済みです。
このような作業と並行しながら、会社の経営状態からして「一気に給与清算というわけにはいかない」と、社長から釘をさされている累積振替休日をどう解消するのかに頭を悩ませていました。
いずれにしても、社長に提示する書類として、各社員の出勤簿から休日勤務日数を拾い出し、所定・法定の区分をつけながら一覧表を作成することにしました。
この一覧表には、所定休日勤務手当額、法定休日勤務手当額を明記し、個人毎の合計欄と算出根拠を加えます。賃金支払いの時効である2年前から遡りましたので、総務部社員の力を借りても大変な作業でした。今となっては、休日勤務1日の実働が不明ですので、1日8時間で計算することにしました。
幸いなことに、社員によっては10日?20日前後の未消化振替休日が勤務カレンダーで消化されていますので、思っていたほど金額が大きくなりませんでした。

 

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百聞は一見にしかず、この表を社長に提示してみると、「うーん」」と唸って考え込んでしまいました。そこで、「社外的な問題に発展すると、この金額ではすみませんよ。社員たちが半分近くの未消化振替休日を将来の休日として甘受してくれているのですから…」と私、すかさず専務も「この金額で過去が精算できるのであれば安いものだよ。社員たちの時間をどれだけ浪費したと思っているのかい?」と、社長を責めます。

労働時間は限られたものであり、貴重な経営資源です。
その限られたものをいかに有効に使い、会社の生産性を向上させ、業績を伸ばしていくのかが、【労働時間=経営資源】の基本的な考え方です。社長の言動と労務管理が、社員にこのような考え方を浸透させるわけですから、多少の金額にこだわって過去を引きずることは、今後の紛争予防処置にも関わることから得策ではありません。
これまで恒常的な休日出勤が行われている事実が歴然ですから、社員の健康管理の面からも負担を強いていたことになります。

社長も一連の勤務体制改革に慣れてきた頃でしたので、覚悟を決めていたようでした。ただし、「1回ではなく、2回払いでどうだ」とやっと声が出ました。
社員にこのことを話すと、申し立てた社員たちをはじめ皆驚いていました。

紛争予防の手続と手順

労働基準法は業績や職務内容、各企業の給与体系にかかわらず、使用者に法定労働時間の遵守と時間外・休日労働の割増賃金支払い義務を課しています。
そのため給与が能力や仕事の成果(業績)にうまく反映していないことが起こってしまいます。
能率よく仕事を進めて所定労働日に業績を上げた社員には、休日勤務手当がなく、能率が悪いため所定労働日に業績を上げられない社員には、休日勤務手当が発生し、割増賃金が支給される。このような状態で社員にやる気が生まれるでしょうか。

A社の場合でも、可能な限り労働時間の長短による不平等な給与格差は解消し、業績に応じた給与制度を徹底することで、社員個々の生産性が上がるようにしたいと社長が言っています。
給与体系の見直しが、社員にとって一方的な不利益な変更とならないように、協議を重ねながら納得のいく制度を作ることが大切です。

このプロセスの中で就業規則・諸規定を併せて整備し、社長、専務、管理職がその内容を熟知し、運用方法を誤らないことが労使紛争予防策となります。
建設業だから、運送業だから…と、最初から諦めず未来に向かってチャレンジしてみましょう。会社がやる気になったときが、社会保険労務士の出番です。

 

給与決定システムの再構築

社歴が古いためA社にはさまざまな手当が混在し、それぞれの支給根拠が明確ではありませんでした。
A社のようなケースで新給与体系を考える場合には、社員の「納得性」を高めることが必須条件です。
そのためには、
(1) 現行給与の支給根拠をはっきりさせてみること
(2) 現行給与を極端に否定しないこと
(3) 成果主義的な給与体系に移行した場合の基本給・手当の定義づけをしっかりと行うこと
が必要だと考えます。

家族手当、住宅手当は割増賃金単価から除かれることを考えると、ポジションによっては、手当を残したほうが良いかもしれません。
この全般的な給与制度の変更に伴い、一定額の残業や休日勤務手当をあらかじめ含めた手当を設定することは可能です。社員が割増賃金に依存しないような勤怠管理システムが構築できれば、一石二鳥となるでしょう。

 
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A社の給与体系の見直し手順



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