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第175回 (平成28年8月号) SR宮城会

「妊娠したから、育休下さい」
「え? ずっと休んでるよね…」

SRネット宮城(会長:新田 孔一)

I協同組合への相談

内装業メインで業務を行ってきたG社。丁寧な仕事が評判を呼び、現在は新築から家具デザインまで行っています。仕事でも求人でも頼まれれば偏見や差別なくそのまま受け入れるため、社内には職人から外国人までさまざまなバックボーンの人が働いています。社員のYさんはG社が手がけたデザイン家具が気に入り、直接G社へ赴き働かせてくれと社長に直談判した女性でした。もともと来るもの拒まずの社長は、心意気良しと採用、しばらくは何事もなく勤務していたのですが、1年半ほど勤務したある日突然無断欠勤が始まり、後日うつ病の診断書と休職願いが送られてきました。2~3週間も休養すればまた元気に働くだろうと、社長は考え受理したのですが、3カ月たった今も休職中です。そんな中、Yさんから電話が入りました。「妊娠しました。出産後は育児休業します」休職させているだけでも優遇しているつもりだった社長はYさんの申出にビックリ!「一体いつまで休んでいるつもりなのか!」とYさん
に言いますが、Yさんは「そんなこと私もわかりません。まだ病気なので出産まで休んでその後育児休業になると思いますけど」と、どこ吹く風。しかし、Yさんのブログには海外旅行に行っただの、◯◯へ美味しいものを食べに行っただのの記載が笑顔のYさんとともにあり、ますます社長は大激怒しています。相談を受けた事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業G社の概要

創業
1995年

社員数
正規35名非正規8名

業種
内装業

経営者像

ゼネコンから20代後半で独立。内装業がメインだが頼まれれば家具のデザイン、制作も行う。楽しく仕事がモットーで社員にも取引先にも慕われているが、現場も長いため多少言葉が乱暴になることもある。


トラブル発生の背景

休職中の社員からの育休申出に会社は対応しなければならないのでしょうか。社長は復帰しないつもりの社員にこれ以上の休みは必要ないと考えています。また、休職中に海外旅行等に行っているYさんにはすぐに復帰するか、辞めるかしてもらいたいようです。

ポイント

休職中の社員からの育休申出に、どのように対応したらよいのでしょうか。申出を断っても問題がないのか。また、休職中の復帰命令、退職勧告はできるのか。今後どのような対応をしておけばよいのかなど、G社の社長へ良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:高橋 広希)

1 休暇・休業と休職との関係
法令の規定に基づく休暇・休業(産前産後休業、育児休業など)と会社の就業規則その他労働契約によって定められている休職(私傷病休職、自己都合休職など)に関する規定とでは、法定休暇が優先されるのが原則となります。したがって、今回の休職中の社員からの産前産後休業、育児休業の申出に関し、会社としては休業を認めざるを得ないものと考えます。

 
2 産前産後休業について
労働基準法(以下「労基法」と表記)第65条第1項では、「使用者は、6週間(多胎妊娠の場合にあつては、14週間)以内に出産する予定の女性が休業を請求した場合においては、その者を就業させてはならない。」と規定されています。したがって、会社は、女性から産前休業を請求された場合には、産前休業を認めなければなりません。産前休業は、就労していることが前提要件とならないとされていますので、休職期間中であっても認められます。出産予定日前6週間以内に請求がなされた場合には、その
請求のあった日から産前休業として取り扱う必要が生じます。産前休業は女性からの請求が条件となっており、請求がない場合には産前休業として取り扱う必要はありませんが、本来、請求があれば産前休業として取り扱う必要があるので、請求がないことを本人の不利益とならないように産前休業として取り扱うのが望ましいと考えます。労基法第65条第2項では、「使用者は、産後8週間を経過しない女性を就業させてはならない。(後略)」と規定されています。したがって、会社は、産後8週間を経過しない女性の労働者を就業させることはできず、会社は産後休業を認めなければなりません。産後については、当然に、出産当日の翌日から産後休業として取り扱わなければなりません。労基法第19条によって産前産後の休業期間とその後30日間は解雇が制限され、労基法第39条第8項によって産前産後の休業期間は年休の出勤率の計算に当たって出勤したものとして取り扱わなければなりません。

 

3 育児休暇について
育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下「育児介護休業法」と表記)第6条第1項では、「事業主は、労働者からの育児休業申出があったときは、当該育児休業申出を拒むことができない。」と規定されています。したがって、会社は、労働者が育児介護休業法所定の要件を満たす場合には、育児休業を認めなければなりません。育児休業は、就労していることが前提条件となっていませんので、休職中であったとしても認められます。育児介護休業法第10条によって、解雇その他不利益な取扱いをすることを禁じられています。

 
4 療養専念義務について
私傷病休職期間は、療養のために認められた労務提供義務の免除期間であることから、休職者が療養を必要としない状態となった場合には、休職の根拠が喪失したことになりますので、休職を取り消すことが可能となります。就業規則において私傷病休職期間中は療養に専念すべきと定めている場合はもちろん、就業規則に記載がない場合であっても、前述のとおり、療養のために認められた労務提供義務の免除であるとの趣旨からすれば、療養専念義務はあるものと考えることができます。しかしながら、療養専念義務が課されていたとしても、ただちに休職期間中の旅行や遊興が禁じられているとまではいえません。うつ病を始めとした精神疾患のなかには、就労は困難であったとしても、健常人と同様の日常生活を送ることは不可能ではないばかりか、旅行や遊興が療養に資することもあると考えられます(東京地裁平成20年3月10日判決(労働経済判例速報2000号26頁))。また、妊娠についても、うつ病である場合には、肉体的には妊娠可能な状態であることは考えられますので、妊娠したことをもって療養専念義務に違反するとはいえないと考えます。海外旅行に出かけたことをもって直ちに療養
専念義務に違反したとまではいえないことは前述のとおりですが、会社としては必要に応じて主治医に病状の照会を行い、当事者に病状の報告を求めるなど、休職期間中の症状の把握に努めておくことが肝要と考えます。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:中島 文之)

育児介護休業法及び同法施行規則では、育児休業の適用除外にできる無期雇用労働者の要件として「就業期間1年未満」「週所定労働日数2日以下」「育児休業申出日から1年以内に雇用関係が終了することが明らかである」の3点を定めています。会社が一定の労働者を育児休業の適用除外としたい場合は、労働者の過半数で組織する労働組合または過半数労働者の代表者との間で締結する労使協定に、上記の要件をあらかじめ定めておく必要があります。そうすることで初めて、いずれかの要件に該当する労働者からの育児休業の申出を拒めるようになります。逆に言えば、それ以外の理由で育児休業の申出を断ることはできないということです。法律が予定していないような独自の要件を労使協定に盛り込んだとしても、その部分については無効とされてしまう可能性は高いでしょう。この事例のように「病気休職中の労働者が申し出たから」という理由だけで育児休業の申出を拒もうとしても、それが法律上適正に行われている限り、申出の拒絶は育児介護休業法違反とみなされる可能性は高いと考えられます。会社の対応に労働者が反発し、いわゆる紛争状態に陥れば、管轄労働局の雇用環境・均等部(室)による助言・指導や紛争調整委員会による調停といった事態になりかねません。これらの助言
・指導や調停への対応に会社は少なからず時間や労力を費やすことになってしまうので、このような事態は可能な限り避けるべきです。ここで、育児介護休業法第6条第1項において「拒むことができない」とされている「育児休業申出」について補足します。同法施行規則第5条第1項によれば、「育児休業申出」は、申出年月日や労働者氏名、育児休業期間の開始日や終了日などを事業主に申し出ることによって行わなければならないとされています。この事例においてYさんは育児休業の開始日や終了日を明確に指定していないので、相談時点では育児介護休業法上の「育児休業申出」はなされていない、という主張もできなくはないでしょう。しかしG社とYさんとの雇用関係が継続する限り、いずれ正式な申出がなされるのは明白ですから、結局のところ拒めないのに変わりないということになります。それでは無断欠勤や虚偽の理由による病気休職を根拠とし、退職勧奨した上でYさんとの雇用関係を終了してしまえばよいと思われるかもしれません。しかし妊娠中の女性労働者に関しては、産前産後休業や育児休業のほか、マタニティー・ハラスメント、いわゆるマタハラも問題になり得ます。
G社の社長は、Yさんが、病気休職中にも関わらず海外旅行や外食を楽しんでいるかのような姿に対し強い憤りを覚えているとのことでした。しかしその感情がエスカレートするあまり、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」と表記)違反とみなされる行動に出てしまわないよう注意が必要です。均等法第9条第3項及び同法施行規則第2条の2により、女性労働者の妊娠や出産などを理由とする解雇その他不利益な取扱いが禁じられています。この「解雇その他不利益な取扱い」こそ、厚生労働省が定義するマタハラです。表向きの理由は無断欠勤や虚偽の病気休職であっても、実質的には妊娠を理由とした退職強要であるとして、G社の行為はマタハラに当たるとYさんが主張してくる可能性は十分にあり得ます。育児休業の場合と同様、マタハラに対しても直接の罰則規定はありませんが、助言・指導や調停の対象にはなり得ます。その対応に少なからず時間や労力を要することも同様ですので、このような事態はやはり避けた方が賢明といえます。以上をまとめると、この事例におけるG社の対応としては、これまでの経緯や現在の状況、そして今後の希望などをYさんとしっかり話し合う場を設けるのが望ましいと考えます。当人の意向をきちんと確認しないまま、育児休業の申出を無下に断ったり退職を勧めたりする行為はひとまず避けた方が無難です。出産後もYさ
んがG社で働き続けることは男女共同参画の面からも望ましいので、過去の出来事を清算した上でそういった方向を目指した取組みをしてみてはいかがでしょうか。

税理士からのアドバイス(執筆:高橋 心也)

休職中の社員が負担すべき社会保険や住民税を会社が受け取ったときの経理処理は、原則として預り金になります。ですので、それを支払ったときには、預り金の減少となります。会社の中には、社会保険を受け取ったときに、法定福利費のマイナスとして処理しているところもあります。その際は、支払ったときに法定福利費として処理します。社員が負担すべき社会保険や住民税を会社が負担すると給与として認定され、源泉所得税が徴収されることになりますので、ご注意ください。また、休職中は給与が支給されないと思われますので、その年の収入が給与収入のみで、給与収入(総支給額から非課税の通勤手当を除いたもの)が103万円以下であれば、他の人の扶養(配偶者控除や扶養控除の対象)に入ることが可能です。育児休業中に雇用保険法第61条の4の規定に基づき支給される育児休業基本給付金は、同法第12条の規定により課税されないこととなっていますので、扶養に該当するかどう
かを判定するときの収入には含まれません。扶養しているかどうかの判定は、その年の12月31
日の現況において判定します(所基通2-41、雇用保険法10、12、61の4)。因みに、健康保険法第101条の規定に基づき支給される出産育児一時金も、同法第62条の規定により課税されないこととなっていますので、扶養に該当するかどうかを判定するときの収入には含まれません(所基通2-41、健康保険法52、62、101)。この他、社員が退職した際に支払われる退職金には、所得税・住民税が掛かりますが、退職金からは退職所得控除を控除することができます。勤続20年までは1年につき40万円、21年目からは、1年につき70万円が控除可能です。休職中も勤続年数に含まれますので、退職所得控除の勤続年数を算定する際には、ご注意ください(所法30、31、120、121、122、199、201~203、所令72、措法29の6、平24改正法附則51、所基通30-5、復興財確法28、31)。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
SRネットは、全国展開に向けて活動中です。


SRネット宮城 会長 新田 孔一  /  本文執筆者 弁護士 高橋 広希、社会保険労務士 中島 文之、税理士 高橋 心也



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