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第174回 (平成28年7月号) SR大阪会

「保育園を辞める。また短時間勤務にして!」
「そんなワガママは許さない!」

SRネット大阪(会長:松井 文男)

A協同組合への相談

先代が始めた輸入雑貨店は順調に伸び、店舗も2店舗となったところで、2代目社長が引き継ぎました。先代社長は「引退する」と言いながらも、2代目社長が心配なのか、毎日会社に顔を出し、売上げの確認や輸入先とのやり取りをしています。

社員のSさんはF社にとって初めての育児休業取得者でした。女性社員はいますが、店舗の営業時間が20時までということもあり、子どもが出来ると辞めていく人が多かったのです。Sさんは「私は定年まで勤めます!」と意欲もあり、今までもしっかり仕事をしていたので、育児休業後も保育園が決まるまでということで、短時間の勤務とし、社員みんなでフォローしていました。1ヶ月前に無事保育園が決まり、通常勤務に戻っていました。

ところが、Sさんが「保育園が合わないので辞める、また新しいところが見つかるまで短時間勤務に戻りたい」と言ってきました。突然のことで2代目はオロオロするばかり。見かねた会長がSさんと話し合うも、「急に短時間に戻りたいと言っても、シフトも調整しないといけない、何とかこのまま通常勤務でお願い出来ないか?」「無理です。子供も泣いてばかりで可哀想だし、私も思ったより育児と仕事が大変なんです。短時間に戻してください」「他の社員にしわ寄せが行くんだぞ?」「それは社長のマネジメントで、私には関係ありません」「そんな言い方はないだろう!そんなワガママは許さん!短時間は認めない!」

その後も話し合いは平行のまま、他の社員からもSさんだけ特別扱いではないか?と言われてしまい、2代目社長はどうしたらいいのかわかりません。事務局担当者は専門的な相談内容について連携している地元のSRアップ21を紹介することにしました。

相談事業所 組合員企業F社の概要

創業
1980年

社員数
正規 5名 非正規3名

業種
雑貨の輸入・小売業

経営者像

先代から引き継いだ2代目社長が経営、雑貨を中心に輸入販売を行っている。店舗は2店舗。先代は会長として毎日会社に顔を出している。


トラブル発生の背景

一度短時間勤務から通常勤務に復帰した社員からの、再度の短時間勤務への申出に会社は対応しなければならないのでしょうか。通常勤務に復帰し、ようやく他の社員の負担も減った矢先だったため、自分の都合で何度も短時間勤務と通常勤務を繰り返すようになるのではと、他の社員も不満が募っているようです。

ポイント

通常勤務に戻った社員からの再度の短時間勤務の申出に、どのように対応したら良いのでしょうか?変更することになると、どのような手続きをしなければならないのか?変更を断っても問題がないのか、どのような対応をしておけば良いのかF社の社長へ良きアドバイスをお願いします。

  • 弁護士からのアドバイス
  • 社労士からのアドバイス
  • 税理士からのアドバイス

弁護士からのアドバイス(執筆:吉田 肇)

1 事業主は、3歳に満たない子を養育する労働者であって育児休業を現にしていないものに関して、所定労働時間を原則として6時間とする措置(「所定労働時間の短縮措置」)を含む措置を講じなければならないとされています(育児介護休業法231項、規則341項)。これは、労働者が就業しながら子育てをすることを社会的に支援する趣旨で設けられた制度ですが、一方で、他の従業員に負担をかける、事業の運営に支障を及ぼすといった悩ましい問題が生じます。

しかし、法律上は、法が認める例外を除き、原則として所定労働時間の短縮措置を講じなければならないとされており、特に申請の回数に制限はありません。法が認める例外は、?勤続1年未満の労働者、?週の所定労働時間が2日以下の労働者、?業務の性質又は業務の実施体制に照らして、所定労働時間の短縮措置を講ずることが困難と認められる業務に従事する労働者のうち、労使協定で短縮措置を講じないものとして定められた場合に限られています。

 

2 厚労省の指針では、?の例として、労働者数が少ない事業所において、当該業務に従事し得る労働者数が著しく少ない業務が挙げられています。もしF社でSさんが従事していた業務が、これに当たるようであれば、予めSさんの職場(事業所)の過半数代表との労使協定を結ぶことにより、所定労働時間の短縮措置を講じないものとすることもできたでしょう。ただし、たとえ労使協定で適用除外としても、客観的に所定労働時間の短縮措置を講ずることが困難と認められる業務でなければ適用除外とはなりません。本件では、一度短縮措置を講じた実績があるので、更に業務に従事する労働者数が減る等事情の変化がなければ、客観的に短縮措置を講じることが困難な業務とはいいにくいと思います。

なお、上記?につき当該労働者を適用除外とした場合でも、当該労働者に対して、フレックスタイム制、(所定労働時間は同一のまま)始業・終業時刻の繰上げ・繰下げ、あるいは事業所内保育施設の設置運営等の措置をとる義務があるとされています(法232項、規則342項)。

本件では、所定労働時間の短縮措置を再び講じることが難しいのであれば、Sさんと上記フレックスタイム制あるいは始業・終業時刻の繰上げにより、子育てと両立をすることはできないかよく話し合ってはどうでしょうか。(なお、従業員10名程度の小規模の店舗・事務所で、保育施設を設置して従業員のモチベーションアップにつなげている企業もあります。)

 

3 どうしてもSさんの理解が得られない場合、短縮措置を申出たことや短縮措置を講じたことを理由として、Sさんに対し、解雇、非正規への転換の強要その他不利益な取扱いをすることは禁止されています(法23条の2)。この規定は強行法規とされているため、仮に解雇等をした場合には無効とされ、不法行為による損害賠償責任を負う可能性があります。マタハラ判決として有名な広島中央保健生協事件最高裁平成261023日判決(及び差戻審の高裁判決)は、労基法653項に基づく妊娠中の軽易な業務への転換に際して降格をされた女性社員について、降格措置は、特段の事情がない限り、均等法93項(同じく不利益な取扱いを禁止。)に違反し無効であるとしました。

 

4 しかし、所定労働時間の短縮措置を講じた場合に、短縮した時間に相当する賃金を減額し、賞与についても、その算定対象期間中に短縮した時間に比例して賞与額を減額することは、ノーワーク・ノーペイの原則の範囲内であり、可能です(学校法人東朋学園事件(差戻審)東京高裁平成18419日判決参照)。

社会保険労務士からのアドバイス(執筆:東田 陽子)

育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下「育児介護休業法」という)では、1歳に満たない子を養育する労働者(期間雇用者は要件あり、労使協定で定められた一定の労働者は除外できる)の申出により育児休業を取得することができます。育児休業の申出については育児休業開始予定日の1か月前までに申出ることとなっています。また、1人の子につき1回の申出となり再度の申出は育児介護休業法施行規則に規定された特別な事情(配偶者が死亡した等)がある場合のみとなっています。しかし、所定労働時間の短縮措置(以下「短時間勤務制度」という)は3歳に満たない子を養育する労働者について労働者が希望すれば利用できる制度で、申出時期や申出回数については特に規定がありません。また、申出者が希望する短時間勤務の開始時期が業務の繁忙の時期であるとか他の労働者とのシフトの調整がつかない等、事業の正常な運営を妨げるような状況の場合でも例外は認められません。

 

したがって、本件の場合申出を拒むことはできないことになります。

労働基準法では常時使用する労働者が10人未満の事業所の場合、就業規則の作成・届出義務はありません。しかし、育児介護休業法では事業主は短時間勤務制度の措置を講じなければならない(法第23条第1項)との規定があります。措置を講じるとは制度化された状態にあること、すなわち育児介護休業に関する規則を作成する等明文化しておかなければならないということです。

短時間勤務制度は1日の所定労働時間を原則として6時間とする措置を含むものとしなければなりません。(則第34要第1)この措置は労働者の選択肢を増やす措置として例えば7時間勤務制度等をあわせて設けることは可能です。

いくつかの短時間勤務の方法の中から申出者が選択できるような制度にされることをお勧めいたします。

短時間勤務の申出の時期は育児休業の申出に準じて「短時間勤務開始予定日の1か月前までに」と規定することは可能です。

また、申出の方法については「書面で事業主に申出ること」「事業主は書面により労働者に通知すること」等手続き方法を明記することにより労使間のトラブルを未然に防ぐことになります。

育児介護休業法に規定されている制度についての定義・対象労働者・申出の期間・回数・手続き等を盛り込んだ規程を作成し、周知することにより労働者の理解も得られることになります。

最後に育児介護休業法は、育児・介護休業、子の看護休暇、介護休暇、所定外労働の制限、時間外労働及び深夜業の制限、所定労働時間の短縮措置について「申出たこと」又は「取得したこと」を理由とする、解雇その他不利益な取扱いを禁止していますので注意が必要です。

今回のケースは育児短時間勤務者のトラブルでしたが、今後は労働者・使用者の間で問題が起きないように労働条件や服務規律等就業する上でのルールを明文化し、正規社員、非正規社員各々に対応した規則や諸規程の作成・整備が必要でしょう。

税理士からのアドバイス(執筆:中野 洋)

育児短時間勤務制度における給与支払いと税務処理の留意点

育児短時間勤務制度を利用することで労働条件を不利益に変更する事は禁止されています。しかし、一般的には制度利用により労働時間が減る分について賃金減額を行うことは、ノーワーク・ノーペイの原則に基く措置ですので不利益変更には該当しません。時短分に比例する賃金カットであれば違法性はないものといえます。遅刻や早退、欠勤時での給与カットとは全く別の問題です。この勤務制度の場合には一定の勤務時間が明確に定められているので、時短分を賃金カットする事には問題は生じないということになります。 この場合、所定労働時間とは、就業規則や雇用契約において定められている労働時間を指します。休業明けに本人と合意の上で雇用契約上新たな労働時間を設定している事になるので、この方の所定労働時間は通常勤務の時間となります。

又、この短縮勤務が合法的なことを考えれば、やむなく早退するのは本人の責任ではなく、保育園などと言う環境の問題でもあります。そうしたリスクを女性社員がすべて負う必要もありません。あまり杓子定規にせず、どこかで取り返す工夫をして、柔軟に対応すれば良い問題です。育児が迷惑というような対応は、退職に繋がり、女性にとって魅力のない会社との認識が定着するだけかも知れません。

 

では、短時間勤務後残務が有り、時間を延長して勤務した場合(例えば、6時間の短時間勤務者が5時間延長したとして)はこの5時間分を支給すれば良いでしょうか?

臨時に残業を行なった場合には時間分に比例して賃金支給を行なえば問題ありません。但し、育児短時間勤務制度とは、育児と両立できるよう労働時間を減らすことに最大の意義があるわけですから、それが残業時間が多くなってしまうようであれば、明らかに本末転倒です。現実の対応としては、短時間勤務中は残業をしなくても済むように会社側で業務調整を行うなど、制度を設けている以上、会社の責任として本人の両立支援が出来るよう真摯に対応を図ることになります。

 

 

【短時間勤務者の給与計算】

・通常勤務 830分?17時の者が、育児短時間の勤務時間を9時?16時と指定し、9時?18時まで勤務した場合

繰り返しますが、育児短時間勤務は、就業規則に従い当人の希望で決定した時点で、短時間勤務そのものが所定労働時間となります。逆に、育児短時間の勤務時間を9時?16時と指定した者が従来の830分?17時で勤務した場合には、30分の早出及び1時間の残業ということになります。一方、この場合の給与計算方法は、勤務する時間数が減っても従来通りの賃金支払を行うか、時間数に比例して減額した賃金を支払うかいずれかの対応になります。その際、上記のような早出・残業が行われた場合には当該時間部分の賃金支給も必要になります。但し、本体の時短に伴い、賃金を同じ割合で減額することで、合理性が損なわれる虞はありません。又、この勤務者の所定勤務時間は9時?16時となるので、9時?18時まで勤務した場合には2時間の時間外勤務となります。ただし、9時から18時まで勤務(うち1時間休憩)の場合には法定労働時間の8時間を超えていないので、2時間の時間外勤務は2時間×時間単価の支払いとなり、時間単価×1.25の手当支給をする必要はなく、割増なしで通常の賃金支給で対応することになります。短時間勤務者だからと言って特殊な税金計算は心配されなくても大丈夫です。合意された労働時間に従って決定された給与の額に応じた税務処理を心掛けて下さい。又、住民税の複数月控除も行っていただいて問題ありません。

社会保険労務士の実務家集団・一般社団法人SRアップ21(理事長 岩城 猪一郎)が行う事業のひとつにSRネットサポートシステムがあります。SRネットは、それぞれの専門家の独立性を尊重しながら、社会保険労務士、弁護士、税理士が協力体制のもと、培った業務ノウハウと経験を駆使して依頼者を強力にサポートする総合コンサルタントグループです。
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SRネット大阪 会長 松井 文男  /  本文執筆者 弁護士 吉田 肇、社会保険労務士 東田 陽子、税理士 中野 洋



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